失敗しても、やらないよりやったほうが良い

Text: KEISUKE KAGIWADA
Photo: TOSHIAKI KITAOKA(L MANAGEMENT)

アクアスキュータムがブランド誕生から170周年を迎えた今、改めて「続けること」と「続くこと」を考えるインタビュー連載。時代の変化に寄り添いながらも、確固たるアイデンティティを守り、育んできたアクアスキュータム。その価値観に共鳴するクリエイターたちに、「続けること」と「続くこと」の意味を数珠繋ぎに問いかけていきます。今回、俳優の松浦りょうさんからバトンを受けたのは、ヘアメイクアーティストのボヨンさん。韓国出身ながら、日本で活動する理由を聞きました。

Q: 松浦りょうさんとはいつ頃知り合われたんですか?

 

1年半か2年くらい前です。あるブランドのルックブックの撮影に、松浦さんがモデル、私がヘアメイクとして参加していて、その現場で初めて会いました。その後も1回、仕事をしています。まだ若いのに考え方が大人というか、意見がしっかりしている人だなって思います。

 

Q: ヘアメイクする人として見た場合、松浦さんはどんな印象ですか?

 

ナチュラル系もいけるし、色を足しても映えるから、好きなタイプの顔です。

Q: 小さい頃からヘアメイクには興味があったんですか?

 

いや、全然(笑)。私がこの仕事を始めたのは、4年くらい前なんです。韓国の知り合いがやっているブランドのビジュアル撮影でメイクを頼まれたのがきっかけでした。だけど、それ以前はメイクに全然興味がなかったんです。だから、美容学校に通ったこともないし、ヘアメイクのアシスタントについたこともなくて。

 

Q: そうだったんですね! どうしてそのお友達は、何のキャリアもないボヨンさんにメイクを頼んだのでしょうか?

 

その友達とは10年くらいの付き合いがあり、互いの好みや服の雰囲気、それから感性が似ていたので、お願いしてくれたんじゃないかな。まだブランドを立ち上げて間もなかったので、予算があんまりなかったというのもあったと思いますが。

Q: つまり、意図せずしてヘアメイクを始めたと。今も続けているのは、その仕事に手応えを感じたからなんでしょうか?

 

仕上がったデータを見て、「みんなで一緒に何かを作るのって楽しい!」とは思いました(笑)。あと、そのヘアメイクの仕事を通じて、人との繋がりが増えていくのも楽しくて、「やっと自分がやりたいことを見つけた!」と。仕事がない時期もありましたが、落ち込まず、諦めず、「何とかなる」って思いながら続けてきた感じです。

Q: 美容学校に通ったこともなければ、誰かのアシスタントについたこともないということは、ヘアメイクの技術は独学ということですか?

 

そうですね。最初は雑誌とかで見たものを真似しつつ、少しだけ自分なりにアレンジを加えたりして技術を磨いていきました。あとは、友達や妹をモデルにして練習したり、たくさん作品撮りをしたり。

 

Q: 過去に戻れるなら、美容学校に入りたいですか?

 

答えはNOですね。もちろん、学校やアシスタントについたら、独学よりはいろんな学びがあるだろうし、人との繋がりが出来て、今後の為になることは多いと思います。ただ、生意気かもしれませんが、やりたいという気持ちとやる気があれば、ヘアメイクは独学でも十分に出来るし、頑張ればいつかは必ずチャンスは来る。タイミングやチャンスは自分で掴むものだし、運も実力のうちなので。

Q: 韓国でメイクの仕事をするという選択肢もあったと思いますが、なぜ日本に来ようと思ったんですか?

 

韓国の業界が私には合わなかったんです。韓国人って主張が強いんですよ(笑)。私は平和主義者なので、ここでやっていくのは難しいなって。それに、日本で活動している韓国人のヘアメイクさんはいないじゃないですか。カメラマンなら何人かいますが。その“初めての人”になりたいとも思いました。不安はありましたが、失敗してもやらないよりやったほうが良い。それで日本に来たんです。

撮影は、ボヨンさんが二度目に東京へ移住した際、暮らしていたという高井戸で行われた。「高井戸は特に何もないんですよ(笑)。でも、そういうところに住むのが好きなんです。駅近くの桜並木の辺りでは、よく散歩をしたり、本を読んだりしていました」

Q: ヘアメイクを始める以前の話も教えてください。何をされていたんですか?

 

高校卒業後は、ずっと洋服屋さんの販売員をしていました。

 

Q: その間、日本に旅行で訪れたりもしていたんですか?

 

そうですね。初めて旅行で来たのは21歳の時です。理由はただ近かったからってだけで、日本に興味があったわけでもないんですが(笑)。その旅行をきっかけに、一気に日本が好きになったんです。

 

Q: 日本のどこに惹かれたんですか?

 

とにかく道が綺麗なこと(笑)。公園や神社などもたくさんあって、都心なのに自然が多いのも良いですよね。それで何度か来るうちに、東京で暮らしてみたくなって、2015年から5年間住んでいました。

Q: つまり、今は二度目の東京生活ということですか?

 

そうなんです。メイクを始めたのは、コロナ禍で一度韓国に戻った時。それで韓国で1年ほどメイクの仕事をした後、さっき説明したような理由でまた日本に移住して、今に至ります。

 

Q: 最初の移住では何をしていたんですか?

 

知人に紹介してもらったセレクトショップで働いていました。

Q: 日本語はどうやって勉強されたんですか?

 

日本のドラマを見て覚えました。私、俳優の瑛太さんが大好きなんですよ(笑)。だから、彼の出演している『素直になれなくて』と『最高の離婚』は繰り返し見ました。

 

Q: 瑛太さんに日本語を学んだと(笑)。ヘアメイクとして最初に日本でした仕事は何だったのですか?

 

Yohji Yamamotoさんの新しいブランドのルックブックの撮影でした。その時はメイクだけで入りましたが。

Q: その後、日本でどうやって仕事を手にしていったのですか?

 

営業活動はしたことがないんですよ。カメラマンの池谷 陸さんと一緒に仕事をしたことが、大きかったかもしれません。それをきっかけに、いろんな人から声をかけてもらえるようになりました。

 

Q: 池谷さんとはお知り合いだったんですか?

 

韓国にいる頃からインスタグラムで繋がっていて、日本に来たタイミングで声をかけてもらいました。

「シンプルだけどカッコ良いと思われたい」と語るボヨンさん。パンツはデニムしか履かないことがマイルールのようで、この日もトレンチコートの下にはデニムとシックなシャツをセレクト

Q: ひとつに絞るのは難しいかもしれませんが、今までで一番印象に残っているヘアメイクの仕事は何ですか?

 

撮影はすべて本当に楽しいので、一番を決めることはできません。ただ、先日『WWD』の表紙の撮影で作ったヘアメイクは、いつもお世話になってるスタイリストの土岐さんに誘われ、完全に私に任せていただけたので、楽しかったです。クライアントさんの希望に即してヘアメイクをすることが多いので、自分がやりたいように出来るのは嬉しいですね。

Q: ご自身のヘアメイクのスタイルをどのように捉えていますか?

 

肌の質感を大事にした、ナチュラル系が得意だと思います。だから、モデルさんの本来の肌を自然な感じで表現する為、スキンケア中心にメイクすることが多いですね。

 

Q: ヘアメイクをする上で、インスピレーションを受けているものなどはありますか?

 

色を使うメイクの場合は、バウハウスの教育家でもあった画家ヨハネス・イッテンの理論書『色彩論』などを参考にしたりしていますね。

「いろんなコーディネートに合うからトレンチコートはよく着ています」とボヨンさん。かつては日本の古着屋でアクアスキュータムのトレンチを買ったこともあるそう。「だけど、メンズのものをゆったりめに着ることが多いので、こういうタイトなシルエットは新鮮でした」

Q: ヘアメイクという仕事をする上で大事にしていることは何ですか?

 

ヘアメイクって、モデルさんが撮影現場に来て、一番最初に会うスタッフなんですよ。だから、モデルさんに少しでもリラックスしてもらえるよう、コミュニケーションを取ることです。メイクさんならメイクがうまいのは当たり前。だからこそ私は、その前段階で「ボヨンさんとの現場はいつも楽しい! 幸せを運んでくれる人!」と思われるように、コミュニケーションすることを大事にしています。

Q: 仕事をするなかで喜びを感じる瞬間はどんな時ですか?

 

同じクライアントにまた呼ばれることですかね。それは自分の仕事が評価されたってことだと思うので。

 

Q: 逆に、仕事を嫌いになったことは?

 

ほとんどありません。

Q: では最後に、今後の目標を教えてください。

 

私、欲がないんですよ。だから、ヘアメイクとして名前を売るとか、サロンを開くとか、そういう目標は全くありません。今と同じように、いろんなチームと楽しく仕事を続けられればそれで良い。だから、これからも他人と比べず、自分だけの道を自分のペースで歩き、何事も前向きで肯定的に考えていければと思っています。どんなことも自分の考え方次第だと思うので。

 

Q: その欲のなさが、韓国の業界と合わなかった理由なのかもしれませんね。

 

そうかもしれません。韓国は上を目指そうって人が多いので。それに比べると東京は本当に平和です(笑)。あ、でもひとつだけ目標がありました! 一度で良いから瑛太さんとは一緒にお仕事してみたい(笑)。

「韓国が恋しくなることは?」という質問に対して、ボヨンさんは「全然」と即答。「最初に住んだ時はホームシックで泣いてしまうこともありましたが、今はそんなこともなくなりました。ヘアメイクとして成功して韓国に戻りたいとも思いません。出来るだけ東京でがんばりたい」

ヘアメイクアーティスト

イ・ボヨン

韓国・ソウル生まれ。高校卒業後、アパレルショップに就職。たまたま旅行で訪れた日本に魅了され、2015年から5年間東京で暮らす。その後、コロナ禍で一度韓国に戻り、ヘアメイクの仕事を開始。2020年にふたたび拠点を東京に移し、ファッションブランドのルックブックや雑誌を中心にヘアメイクを行っている。Instagram @boyeonlee__

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