とにかく人を大事にして一流を目指す

Text: KEISUKE KAGIWADA
Photo: RYOSUKE YUASA

ブランド誕生から170周年を迎えたアクアスキュータムが、今、改めて「続けること」と「続くこと」を考えるインタビュー連載。ブランドの傑作であり、アイコン的存在でもあるトレンチコートとともに、著名人に「続けること」と「続くこと」を数珠繋ぎ形式で問いかけていきます。ディレクターズユニット・Margtの前田勇至さんからバトンを受け取ったのは、ヘアメイクアップアーティストであり、捨迦刃庭とSKAVATIという2つのヘアアトリエを構える木村一真さん。「一流になることを目指してきた」という木村さんに、これまでの歩みを語っていただきました。

Q: まずは、前田さんとの出会いから教えていただけますか?

 

お酒の場で知り合いました。彼がニューヨークから一時帰国した時で、朝から飲んでいたらしく、すごい酔っていたんですよ(笑)。しかも、話してみると、男前なルックスからは想像がつかないくらい独特な変わり者で。その印象は今もあんまり変わりませんが、考え方とかテンションが似ているので、いつも刺激をもらっています。

Q: 前田さんは、会社員時代にUCARY & THE VALENTINEさんのMVを制作したことが、現在の活動に繋がったと言っていました。木村さんが美容師を目指そうと思ったのはいつ頃だったんですか?

 

15、6歳の時ですね。実家が貧乏だったから、大学に行けないってことはわかっていたんです。だけど、もう少し学生生活をしたかったので、公立の美容専門学校に行こうかなと。もともとものを作るのは好きだったし、モテそうだなと思ったので(笑)。その後、なぜか妹は大学に行ってましたけど。

Q: なるほど(笑)。専門学校に入る前は、どんなものを作っていたんですか?

 

小学生の頃、用務員のおじさんと仲が良かったんです。だから、授業を抜け出してはおじさんの作業室で電ノコとかを借りて、いろいろ作っていましたね。小学1年の時、オリジナリティについてすごい考えていたんですよ。誰の真似もしないで、人と違うことをしたいなって……。

 

Q: その年齢ではなかなか向き合わなさそうなテーマですね。

 

当時、教室の一番後ろで、段ボールで自分の部屋を作っている男の子がいて、その何にも縛られない自由さにすごい憧れていたんです。変な奴だけど、イケてんなって。それで自分も彼みたいにオリジナリティのある人間になりたいなって思いが芽生えたという。もちろん、当時はオリジナリティなんて言葉は知りませんでしたけど。授業を抜け出して何か作ったり、勝手なことをしていたのも、その延長だと思います。

Q: 美容学校へ進学する以前に、自分や友達の髪を切ったりしたことはなかったんですか?

 

ありましたね。中1の時に、ちょっとお洒落な理容室に通うようになったんですよ。ある時、当時人気だった成宮(寛貴)くんみたいにしてもらおうと思ったんですけど、全然違う感じになってしまって。切った人には「顔が違う」って言われましたけど(笑)。それで家に帰ってから、親父のバリカンでツーブロックのミリ数とか幅感とかを自分なりに調整したのを覚えています。今思えば、その頃から髪を切ることへの興味はあったのかもしれません。友達の髪も切っていましたし。家に呼んで、切れない梳きバサミで。

「これまでの仕事で一番思い入れがある」。本文中で木村さんがそう語る、SKAVATIのコレクション写真が店内に飾られていた。テーマは「陰」。2022年には、これと対になる「陽」がテーマのコレクション写真も撮影したそう

Q: 美容学校に行くという選択は、ご自身の興味の延長でもあったんですね。学校ではどんな生徒だったんですか?

 

昔から親父には「やるなら一流を目指せ」と言われて育てられてきたんです。その教育があったから、学校でもトップを狙い続けていましたね。自分のバイト代で通っていたというのも大きかったと思いますが、とにかく授業と自主練の時間を大切にしていました。

Q: 木村さんのなかで「一流の美容師」ってどんなイメージなんですか?

 

当時は学校の順位で1位を狙うってことでしたね。ただ今は、何をもって一流と言えるのか、常に考えているけど答えは出ていません。最近は、一流と呼ばれているような人の髪を切りまくれば、自分も一流に近づけるのかもしれないと思っていますけど。

Q: 確かにその考え方は一理ありますね。では、卒業後もすぐにサロンに属して、模索しながら一流を目指すべく歩んでこられたと。

 

そうですね。神奈川にある公立の専門学校だったので、学校側としては県外に出したくないんですよ。ただ、神奈川と東京では文化が全く違うし、僕も「一流といえば、東京だ」と思っていたので、先生に相談して、東京のサロンを紹介してもらいました。ただ、最初の頃はほとんどお客さんに触らせてもらえなかったんですけど……。

 

Q: それは過酷ですね……。どうしてだったんですか?

 

めちゃくちゃ不器用だったのと、空気を読めなかったせいですかね。よく「お前はKYだ」って言われていましたから。当時の僕はKYの意味を知らなかったので、「いや、僕の名前は木村一真なんですけど……」と答えて、「そういうところがKYなんだ!」って怒られていましたね(笑)。だから、アシスタントになったばかりの頃は洗い物と店の庭の掃除くらいしかやらせてもらえなかったんです。ほかのアシスタントはシャンプーをさせてもらえていたんですけどね……。

SKAVATIは外苑前のヴィンテージマンション・秀和レジデンスの1階にある。この場所を選んだ理由は「東京に出てきた頃から、いつかは『秀和』に店を構えたいと思っていました。そしたら、ちょうど空きが出たというので、やるしかないなと思ったんです」とのこと

Q: その苦境をどのように乗り越えたんですか?

 

ひたすら練習をして、早く自分で店を出そうと思っていましたね。そしたら誰にも文句を言われないだろうって。だから、庭の草木も人の髪に見立てて切ったり、常に技術を向上させるにはどうしたら良いか考えていました。美容師は時に左手も使うので、洗い物には左手を使って両利き目指したり。意外とその期間は、僕にとっては重要だったかもしれませんね。

Q: 現在、木村さんはご自身のお店でのサロンワークの傍ら、ミュージシャンのMVに携わったり、ヘアメイクの仕事も数多くされています。そちらの仕事はどのようなきっかけで始められたのですか?

 

たぶん、最初は浅野忠信さんのテレビCMだった気がします。10年以上前のある夜、友達の紹介で、浅野さんとお話させていただく機会があったんです。中学の頃から日本で一番好きな俳優だったので、いろいろ話しかけて「ぜひ、ヘアメイクをやらせてください」とお願いしたのを覚えてくれていたのか、そのCMは浅野さんからの指名でした。

Q: それはすごい。浅野さんも木村さんのお話を聞いて何か感じるものがあったんでしょうね。ところで、ヘアメイクとサロンワークで、仕事の向き合い方に違いはあるんですか?

 

専門学校ではメイクも専攻していたので、その頃からヘアメイクも美容師も僕のなかではボーダーラインがないんですよ。どっちもできるというのが、大前提だと思ってきたので。

この取材の数日前、木村さんは古着のトレンチコートを買ったばかりだったそう。いわく、「まだ持ってないアウターはないかと探していた時、これまで着てこなかったトレンチに興味を持って買いました。だから、今はトレンチの気分なんです」

Q: では、その両方の仕事において、木村さんがもっとも重視していることとは?

 

僕の仕事はあくまで「人ありき」なので、とにかく人を大事にするっていう、その感覚だけですかね。その意味で、美容師とウィッグアーティストは、同じ髪を扱う仕事だけど、違うものだと思っています。ウィッグアーティストは、もっとアートというか自己表現に近い、0から1を生み出す作業だと思うけど、僕の仕事は人から生えてるものを借りる。0から1への挑戦はありますが、相手を尊重した結果として、そういう場合があるってだけです。もちろんウィッグアーティストが人を大事にしてないとは思いませんが。

だから、まず相手と会う。そして、会話はもちろん、ファッションから爪や肌の手入れの仕方までを観察するなかで、人となりを自分なりにキャッチして、その人が求めているもの以上の……僕は「相手が求めたいと思っていたものを生み出す」ってよく言うんですけど……。

 

Q: つまり、潜在的に求めていたけど、言葉にできなかった場所へ、相手を導いてあげるということですか?

 

導くというとおこがましいですが。ある意味それが僕にとってのエゴかもしれませんね。でも、それがうまくいった時に新しい表現だったり発見ができるような気がしています。「相手が求めたいと思っていたものを生み出す」っていうのは僕にとって座右の銘みたいなもので、それはヘアメイクでもサロンワークでも常に挑戦していることです。

Q: これまでいろんな仕事に携わってきたと思いますが、特に印象に残っているものを挙げるとしたらどれですか?

 

2021年にお店のコレクションとして作った写真作品ですかね。この撮影をしたことで、やっとスタートに立てたと思えたので。って言うのも、今までは自分だけの為に作品を作ったことがほとんどなかったんですよ。基本的にクライアントワークなので。だけど、今回は自分でディレクションして、スタッフの意見ももちろん聞くけど、最終的には自分のやりたい方向に持っていける。自分で自由にやるのって本当に最高だなと思いました。だから、今まで手がけたなかで一番思い入れが強いです。

 

Q: 小学1年の頃から育んできたオリジナリティが、ようやく発揮できたわけですね。

 

そうですね。今後は年2回コレクションを発表して、とりあえず10年は続けたいです。10年後には溜まった作品を全部出して、個展なんかをやれたら良いですね。そこでまたひとつ、僕のなかの何かが完成するのかなと。

Q: 新しいプロジェクトが動き始めたばかりなんですね。それを軌道に乗せること以外に、今後の目標などはありますか?

 

ニューヨークに店を出したいですね。しかも、海外っぽいことをするのではなく、日本の美学で挑戦したい。ニューヨークにもうひとつの日本を作るというか、自分たちの国を作るというのが、直近の目標です。

Q: ありがとうございました。ちなみに、今もっとも髪を切ってみたい人はどなたですか?

 

北野 武さんですかね。北野映画が大好きなので。髪をやりたいというより、その人柄に触れたいっていうほうが強いかもしれませんが。捕鯨舩(浅草にある鯨料理の店。若い頃に北野さんが通っていたことで知られている)にはずっと通っているんですよ。一向に会えないんですけど(笑)。

コートの下にセットアップやカーディガン、シャツなどを重ね着した木村さん。「トレンチは一枚だとちょっと寒いので。ニューヨークとかにいる路上生活者ってみんなレイヤードがカッコ良くて、今日はそういうスタイリングを意識してみました」

ヘアサロンオーナー・ヘアメイクアップアーティスト

木村一真

きむら・かずま ヘアメイクアップアーティスト。都内のサロンを経て、2020年に駒場東大にヘアアトリエ・捨迦刃庭をオープンしたのち、2022年に外苑前にヘアサロン・SKAVATIをオープン。アーティストのミュージックビデオやアーティスト写真、俳優の撮影仕事を中心に、ブランドルック、エディトリアル、広告など様々な媒体でヘアメイクを手がける。Instagram @kimura_kazuma

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