ノリと勢いを信じ、
100%のエネルギーを注いでチャレンジする

Text: KYOSUKE NITTA
Photo: TOMOAKI SHIMOYAMA

ブランド誕生から170周年を迎えたアクアスキュータムが、今、改めて「続けること」と「続くこと」を考えるインタビュー連載。ブランドの傑作であり、アイコン的存在でもあるトレンチコートとともに、著名人に「続けること」と「続くこと」を数珠繋ぎ形式で問いかけていきます。UCARY & THE VALENTINEさんの次は、ディレクターズユニット・Margt(マーゴ)の前田勇至さん。独学で映像を学び、拠点をNYへ移して数々の話題作を発表。一昨年に帰国してPERIMETRON(ペリメトロン)に所属後は、ショーやツアー演出など活躍の場を広げています。その成功の背景には、創作にまっすぐに打ち込み、一つひとつかたちにするまでの困難とそこに立ち向かう揺るぎない精神がありました。創作の原点の話から、前田さんにとっての「続けること」を垣間見ます。

Q: B-5に登場していただいたUCARY & THE VALENTINEさんからの紹介ですが、前田さんとはどういった繋がりでしょうか?

 

僕が高畠 新(以下ARATA)と組んでいるディレクターズユニット、Margtの処女作が彼女の『NEW DANCE』のMVだったんです。2015年ですね。大学を卒業してアパレル企業に就職したものの、ルーティンワークに面白さを見出せず、ちょうどその頃に同郷のUCARYと出会って。彼女から「MVを自作したいから演者側で出てくれない?」と誘われ、その時映像にすごく興味があったので「出るほうじゃなくて、作らせてよ」って話したら、ふたつ返事でOKをもらったんです。とはいえ、自分が大学で専攻していたのは商学。映像のスキルは友達の誕生日ビデオを撮って、MacBookにデフォルトで入っているiMovieで編集して曲をのせるという趣味レベルだったので、試行錯誤しながら作った『NEW DANCE』は思い出深い作品です。

Q: 趣味からいきなりMVのディレクターになるとは急展開ですね。そもそも、ARATAさんとはどのタイミングで出会われたんですか?

 

出身が同じ兵庫県で地元も近く、高校の頃から、共通の友達がたくさんいたので名前は知っていたんですけど、会ったのは社会人1年目ぐらいですね。彼は広告の制作会社でグラフィックデザインをやっていて、飲んで仲良くなってからは頻繁に遊ぶようになったんです。そんな時に、UCARYからMVの話がタイミング良くきたので、ARATAと一緒にやることになったという流れですね。

Q: 実際、演出デビュー戦で苦戦したこと、作品を通じて学んだことって何ですか?

 

苦戦しかしていません。技術はゼロ。あるのはノリと勢いとやる気だけ(笑)。カメラも持っていなかったので動画機能が良いと評判の『GH3』っていうパナソニックのカメラを中古店で買うところからスタートしました。もちろん知識もゼロ。Googleであれこれ調べたら、「MVって曲を流しながら口パクで歌う」というリップシンクを初めて知り、それからは夜な夜なうちに集合して作戦会議。スケボーで滑りながらロケハンし、服はみんなの私物を持ち寄り、夜の撮影なので、ヤバい光量が足りない! とかアクシデントは多々ありましたが、懐中電灯を駆使してなんとか終えました。編集も徹夜の連続で大変でしたが、出来上がった時の達成感がすごくて。自由に何かを本気で作るということが純粋に楽しくて、ARATAと話し、Margtを結成することになったんです。

 

Q: 運命的なものがタイミング良く重なってMargtが結成されたんですね。それからすぐに拠点をNYに移されていますが、数ある都市のなかでNYを選んだ理由は何ですか?

 

映像の専門学校に行くならどこが良いかな? ってバンドをやっている友達に相談したら、「いや~わからんけど、とりあえずアメリカに行ってみたら?」って適当な答えが返ってきたんです。でも、確かにそれ正解かもなと妙に納得したんですよね。NYは前に旅行で行ったことがあり、いつか住んでみたいなと思っていて。偶然ARATAも同じようにNY行きを考えていたので、ちょうど2年間働いていたアパレルの会社を退職して渡米を決意しました。それからはシェアハウス生活。学校は、「ニューヨーク、フィルム、メイキング」で検索してヒットしたところに決めました。

編集作業はPERIMETRONの事務所で行うのがほとんど。多い時にはここに20人ほどメンバーが集まるのだとか

Q: いきなりNYに引っ越して学校に通うとなると、語学や金銭面でハードルが高そうですよね。映像の専門学校に通われて1年目って実際どうでしたか?

 

映画のディレクターコースだったので、シャッタースピードや露出など、まずカメラの基本から教わりました。何から何まで知らないことしかないので新鮮で楽しかったですね。ただ、語学は全くダメダメで。学生の時1年間英語圏に留学していたことがあるから、なんとかなるだろうと思い込んでいましたが、NYに行って半年ぐらいはほとんど自分の意見を言えない寡黙な子でした。金銭面はそれまで貯めていたお金でなんとか、という感じです。ただ、1年で卒業し、2年目からは相当過酷でした。短編映画や広告をやっているシネマトグラファーのアシスタントをしたり、編集のバイトをしたり。とにかくがむしゃらでしたね。

 

Q: どんな家でシェアハウスされていたんですか?

 

場所はブルックリンのグリーンポイント。ウィリアムズバーグまで10分ぐらいの閑静な住宅街で、家賃がめちゃくちゃ高いんですよ。僕とARATA、アメリカ人、コロンビア人の4人でめっちゃボロボロのアパートをシェアしていたんですけど、僕が住んでいたのが、窓がひとつもなくて光が入らない真っ暗な部屋なのに月800ドル。起きても何時だか本当にわからないような部屋で、5時って、夜? 朝? みたいな(笑)。太陽のありがたみに気付かされましたね。NYの場合、クーラーって窓に取り付けるから、そもそも窓がないと設置できないんです。なので夏は、扇風機3台体制で汗をたらたら流しながら映像を編集していました(笑)。

Q: そこまで大変だと、心が折れそうになったことはなかったですか?

 

一度もないですね。超大変だったけど楽しかった。全財産6000円になった時はさすがにヤバいと焦りましたが、辞めるという選択肢はなかったです。コクが全くない30セントの塩味インスタント麺を朝昼晩必死に食べていたのも今となっては良い思い出です。もちろん、不安はありました。最初は友達もいないし、繋がりもない。作品を作りたいけど方法がわからない。インスタでミュージシャンにDMを送りまくっても、返信があるのは1/100ぐらいの確率。ライブハウスに通い詰めて音楽やっている人にMV撮らせてよと声をかけてもうまくいかないことがほとんどでした。でも、ちょっとずつ仲間が増えてきて、MVを撮らせてもらえるようになった時はとても嬉しくて。当時の作品は全部思い出深いですが、ひとつ挙げるとしたらTofu Jackの『BAP』ですね。お金がないから、美術、小道具、衣装まで全部やりました。だからこそ、ふたりで描いていたビジョンを確実に表現できたと思える作品です。

Q: Tempalayの『New York City』のMVを手がけられたのもその頃ですよね。どういった流れでディレクションすることになったんですか?

 

AAAMYYYが前に組んでいたバンドのMVを撮らせてもらったんですよ。で、彼女がまだTempalayのサポートをしている2016年に「SXSW」に出演するっていうのでみんなNYに来たんですね。その時にTempalayのメンバーを紹介してもらって。うちのシェアハウスでめちゃくちゃ酔っ払って、みんな踊り狂って、家のなかはもうぐっちゃぐちゃ。その時メンバーと仲良くなって「映像やってよ」と声をかけてもらったんです。

 

Q: 『New York City』のカット割りや、疾走感、何とも表現できないカオスで生々しい雰囲気が、今のMargtらしさに通じるものがありますが、その後、PERIMETRONに加入して拠点を日本に移されたのはどういった経緯だったんですか?

 

3年目ぐらいから日本の仕事がちょっとずつ入るようになってきたんです。MVとか、企業系のWEBムービーとか。それからちょくちょく日本とアメリカを行き来していて、東京滞在中はマンスリーマンションに住んでいたんですが、そんな時に知り合ったPERIMETRONの集(プロデューサーの佐々木集さん)たちから「事務所使いなよ」と言ってもらえて、それからもうほぼ毎日、PERIMETRONの事務所に入り浸りましたね。そしたらみんなと仲良くなって。でも、NYで頑張ろうと思っていたので、5年のビザを取ってNYに戻りました。けどその2日後にPERIMETRONのメンバーから「一緒にやらない?」って誘ってもらったんです。それが2019年10月ですね。翌2020年の2月にN.HOOLYWOOD COMPILEのNYコレクションで大希(King Gnu、PERIMETRON主宰の常田大希さん)がチェロを演奏するというのでMargtが撮影し、その後すぐに帰国しました。

事務所の天井には、アメリカの路地裏の電線みたいにスニーカーがいくつも掛けられている。そのそばには、カオスな風景に溶け込んだアクアスキュータムのトレンチコートが

Q: Tempalayやchelmico、TENDOUJIなどのMVを始め、ブランドのキャンペーンムービーなどでもMargtの作品を見ない日はないですが、日本で活動するようになり、明らかに変わったこと、現場でNYでの経験が生きたことって何でしょうか?

 

全部変わりましたね。衣装もプロップスも全部集めていたので、スタイリストがいて、照明さんがいて、美術さんがいて、プロデューサーがいるという環境がありがたかったです。たくさんのスペシャリストがコミットしてくれることでクオリティが格段と上がっていく。そのありがたさがわかるのは、自分たちで全部やり続けてきたからかもしれません。

事務所には、これまでPERIMETRONが演出で製作したフィギュアや、アーティストの顔を型取った石膏などがディスプレイされている

Q: 数ある作品のなかでも、昨年、ザ・クロマニヨンズが6ヵ月連続毎月1枚シングルをリリースしたプロジェクト・SIX KICKS ROCK&ROLLは特に衝撃的でした。

 

あれはもうギネス認定ですよね。1日で6本MVを撮るという企画で普通だったら結構厳しいですが、昔から憧れてたクロマニヨンズなのでなんとか成功させたくて。メンバーの方々が、やっぱりすごいんですよ。最初に挨拶した時は、みなさん腰低くてとにかく謙虚。でも、カメラ回ったらバッチバチにカッコいい! これが第一線で活躍し続けるバンドのパワーなのか……と思い知らされましたね。帰りの車のなかで、ARATAや川上さん(カメラマンの川上智之さん)と「やっぱカッコ良かったね」って話しながら、みんなでブチ上がりました。

 

Q: 撮影で感動したエピソードはありますか?

 

2作目の『光の魔人』では、背景に光るオブジェを作ったんです。衣装もボタンなどが反射するものがよくて、全員革ジャンを着てきていただきたいとレコード会社の方にリクエストしたら、みなさん着て来てくれて、すごく嬉しかったですね。

Q: 処女作の『NEW DANCE』から、NY、そして日本へ。これまでを振り返って、ずっと守り続けている仕事のルールってありますか?

 

チャレンジはしたいといつも思っています。1日6本MV撮影もチャレンジ。昨年のTHE MILLENNIUM PARADEのツアー総合演出や、今年4月に行われたUNITED TOKYOのファッションショーのディレクションもそう。ルールというと大袈裟かもしれないですが、新しいことにずっと挑戦し続けていたい。あと、PERIMETRONのメンバーは絶対に妥協しないので、彼らに見せてもカッコいいと思ってもらえるものを作りたいです。100%打ち込む。そうしないと自分が楽しくないから。それは『NEW DANCE』の時から全く変わってないですね。

Q: 初めてトレンチコートを羽織られたということですが、アクアスキュータムのトレンチコートを着てみてどうでしたか?

 

憧れはあったんですよ。カッコいい大人が着ていて、いつか似合う年齢になったら欲しいなぁと思っていました。アクアスキュータムは歴史の重みもあって、実際着ると、着心地がすごく良いっていうのはもちろん、雨が似合う服ですよね。今日小雨が降っていましたが、高密度に織られているから、多少の雨ならバンバン弾く。その風景が良いなと思いました。

 

Q: めちゃくちゃ似合っていますね。ちなみに、英国では古いものを直しながら受け継ぐという文化が今もなお残っていますが、ずっと修理しながら大事にされている服ってありますか?

 

嘘と思うかもしれませんが、中学生の頃から着ているニットとジーンズが今もクローゼットにあるんですよ。当時大きめだったのが、今はジャストサイズ。ジーンズはボロボロですが味もあるし、思い入れもあるから捨てられないんです。はくたびに破れ、縫い合わせてまたはく。そして生地がいよいよ死んだというぐらいまで着倒すタイプです。新しい服を選ぶ時も、すぐ不要になるものは買いません。長く付き合いたいと思える服を着続けていると気分がアガるじゃないですか。そういう経験をしているから、ちゃんと選ぼうと思って買い物をしています。というか、その英国の話を聞いて、トレンチコートすごい欲しくなりました。一生直しながら着続けたいと思えるコートを持っているって、すごくカッコいいですね。

事務所の近くでも撮影させてくださいと前田さんに相談。何気ない路地裏を見つけて案内してくれる提案力はさすが。「自分がトレンチコートを着るとしたら、気取らずラフに羽織りたいです。今日みたいに、NYの古着屋で買ったKORNのバンドTシャツの上にトレンチコートとか。サイズもジャストではなく、ワンサイズ大きめぐらいが気分ですね」

ディレクター

前田勇至

まえだ・いさむ 1990年兵庫県生まれ。アパレル会社を退職後、2015年に高畠 新とディレクターズユニット・Margtを結成。その後NYに拠点を移し、TempalayのMVや広告ムービーなど数々の話題作を発表。2020年には常田大希が主宰するクリエイティブレーベル・PERIMETRONのメンバーとなり、映像やグラフィックのみならず、ツアーやファッションショーまで垣根なくディレクションを担う。2021年には、ザ・クロマニヨンズが6ヵ月連続毎月1枚シングルをリリースした「SIX KICKS ROCK&ROLL」のMVすべてを演出。LOEWEの2022年秋冬メンズコレクションでは、北野 武や村上虹郎らをモデルに起用したカオスなキャンペーンムービーが世界的に注目を集める。Instagram @_isamu, @__margt

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