自分好みの“線”をいかにして伝えるか

Text: KEISUKE KAGIWADA
Photo: SHIORI IKENO

アクアスキュータムがブランド誕生から170周年を迎えた今、改めて「続けること」と「続くこと」を考えるインタビュー連載。時代の変化に寄り添いながらも、確固たるアイデンティティを守り、育んできたアクアスキュータム。その価値観に共鳴するクリエイターたちに、「続けること」と「続くこと」の意味を数珠繋ぎに問いかけていきます。今回、アートディレクターの前田晃伸さんからバトンをパスされたのは、アーティストの長場 雄さん。幼少期から絵を描くことに親しんできた長場さんが、試行錯誤を経て現在のシンプルな“線”のスタイルを獲得するまでの軌跡を聞きました。

Q: 前田さんとはいつお知り合いになられたんですか?

 

前田さんがADを務めていた時期の雑誌『POPEYE』で、僕をイラストレーターとして起用してくれて、その打ち合わせで会ったのが最初でした。ただ、僕と前田さんは同じ歳で、好きなカルチャーも似ていたので、あとでいろんなところですれ違ってはいたことがわかったんですが。

アトリエに置かれた木のボックスには、長場さんの手による映画『レオン』のアートワークが。原画は著書『みんなの映画100選』の表紙にも採用されたもの

Q: 2014年8月に発売された『POPEYE』のサンドイッチ特集ですね。あの表紙で長場さんを認識した人も多かったような気がします。

 

最初は「Tシャツを作るから、その為に何か描いてほしい」って依頼だったんですよ。当時は今の作風を始めて半年くらい経った時で。個展やグループ展を通して手応えは感じていたけど、まだまだ自信を持ち切れてなかったんです。だから、最終的に「表紙にもなります」って言われた時は驚きました。「嘘でしょ!?」って。前田さんは最初から表紙にしようと考えていたそうですが。

Q: 長場さんはそれ以後も前田さんと継続的にお仕事をされていますよね。2015年に刊行された自身初の画集『I DRAW』の装丁も前田さんが手がけています。それは長場さんのリクエストだったんですか?

 

そうですね。今の作風を一冊にまとめたいという思いがずっとあって。周りにデザイナーさんはいっぱいいるんですけど、なんか「自分の好きなテイストに出来るのは前田さんしかいない」って思ったんですよね。当時の前田さんは『POPEYE』もやっていたし、すごく忙しそうだったから、なかなか話を進められなかったんですけど(笑)。

Q: 言語化が難しいかもしれませんが、なぜ「前田さんしかない」と思ったんでしょうか?

 

デザイナーさんって神経質というか細かいイメージがあるじゃないですか。もちろん、前田さんにもそういう部分はあると思うんですが、それ以上に、くだけたり抜けを作ったりするのがすごく上手だと思うんですよ。僕もそういうところをすごく大切にしているから、前田さんにやってほしいなって。

Q: 前回のインタビューで前田さんも「ズラす」ことが重要だとおっしゃっていました。ところで、絵を本格的に描き始めたのは、お父さんの仕事の都合でトルコに移住した10歳の時だったそうですね。

 

そうです。トルコに住み始めた当初は新しい環境に馴染めず、ちょっと精神的に不安定になっちゃったんですね。そんな中、大学に勤めていた父の同僚のお友達がトルコ人の油絵画家で、たまたま僕たちと同じ通りに住んでいたんですよ。それで一度ホームパーティに呼んでいただいた時に、日本にいた時から絵を描くのは好きだったんで、習わせてもらえることになったんです。普段は別に、生徒さんをとっているような人ではなかったんですが。

Q: では当時の長場さんにとって、絵を描くことは精神安定剤のような効果があったんですね。

 

いや、そこまでのことは考えなかったですね。ただ純粋に何かを描きたい、作りたいって初期衝動だけがあったというか。油絵が描きたいわけでもなかったですから(笑)。

 

Q: 油絵は乾くのに時間がかかるから、初期衝動だけを抱えた少年には歯痒そうですね。

 

そうなんですよ(笑)。一番最初はすごく暗い絵の模写でしたから。先生的にも「これはちょっと飛ばし過ぎた」と思ったのか、次は先生が飼っていた赤毛の猫をモチーフに、デッサンを描いて、油絵にしていくって感じでしたけど。

Q: 美術予備校みたいな課題ですね。そこで習得した基礎は今も生きていると思いますか?

 

基礎ってほどでもないんですけど(笑)。でも、楽しい反面、苦しいことも多かった気がします。その後は「どんなテーマで絵を描きたい?」ってすごく聞かれるようになるんですけど、別に当時はそういうのがないわけですよ。ただ描きたいだけだったから。先生からは、「じゃあ、読んだ本のワンシーンを描いてみたら?」みたいなアシストもあったんですけど。

Q: 楽しさと同時に苦しさもあったと。何年習っていたんですか?

 

トルコにいた2年間です。その間、40点くらいの作品が溜まったのかな。で、最後に先生の家のお庭で、学校の友達を呼んで個展を開いてもらったんですよ。今に生きているって話で言えば、そうやって描くだけじゃなく人に見せるって過程まで経験させてくれたことのほうが大きいかもしれません。ひとりで描いているだけだと悶々とすることもあるけど、第三者の目に触れると楽しいんだと知れたので。

今年開催される福岡の展示に向けて準備中の長場さん。最近は、これまでのシンプルな線によるタッチと並行して、抽象的な作風にもチャレンジしている模様

Q: 日本に帰国されてからも、ずっと絵を描き続けてきたんですか?

 

いや、1回離れるんです。やっぱりトルコでの2年間がヘビー過ぎたんで(笑)。日本に帰ってからは、部活に打ち込んでいましたね。

 

Q: だけど、高校卒業後は美大に入るわけですよね。それはまた絵を描きたくなったからですか?

 

そういうわけでもありません。デザイン科だったので、別に絵を描くことがメインではありませんでしたから。絵だけで食べていくのは難しいと知っていたから、将来の為にもう少し商業的なほうが良いんだろうなっていうのは、何となくありましたが。結果的に、デザイン科以外の人とも交流出来たし、音楽や現代アート、建築なんかも広く学べたので、今の僕のカルチャー的な下地を作ったのが、大学時代だったと言えるかもしれません。

Q: 大学卒業後はアルバイトとしてTシャツ制作会社に入社されたそうですね。これまで絵画やデザインは自己表現だったわけですが、それに仕事として向き合ってみていかがでしたか?

 

裏原カルチャーからの流れでTシャツはすごく好きだったし、自分のデザインしたものが世に広く知れ渡るのは面白そうだなっていうのが、入社の動機だったんですよ。だけど、やっぱり会社からは、売れるものを求められるわけじゃないですか。自信作が売り上げに結びつかないこともありましたが、それについて「何でなんだろう?」と考え、みんなが興味あるものを自分なりにリサーチしたり、「売れるものを作る」ってミッションに向けてグーっと進めるのは楽しかったです。

 

Q: 結果、売れるようにはなったんですか?

 

なりましたね。手描きのゆるいパンダの絵のTシャツが、意外にもめっちゃ売れたことがあります(笑)。

今回長場さんがチョイスしたのはシングルのタイプ。同じようなコートは10年くらい前によく着ていたそう。「実はダブルにも憧れがあって、お店で何度か試着したこともあるんです。だけど、なかなか手が出せず……いつかは取り入れたいですね」

Q: そうやってTシャツのデザイナーとして仕事をする傍ら、個人のアーティスト活動も始めるわけですよね。何か心境の変化があったんですか?

 

やっぱり仕事だといくら頑張っても、会社の功績になってしまうじゃないですか。生意気なんだけど、もっと自分の為に表現活動したい、ちゃんと自分にフィードバックすることをやりたいっていうのはあったと思います。

Q: 個人の創作活動を始めて最初のお披露目の場は?

 

あるカフェからの依頼で、個展をやったのが最初です。かえる先生ってキャラクターを作って、壁に描いたり、グッズを作って売ったりしました。さっき言ったパンダのTシャツのことなんかもあって、自分の手で描いたキャラクター的なもののほうが、人と繋がりやすいんだなって感じていたので。

Q: カエル先生は長場さんのアーティストとしての第一期を代表するものですが、そこから現在のタッチに至るまではどれくらいの歳月を要したんですか?

 

10年くらいですかね。例えば、漫画にするとかアニメにするとか、カエル先生というキャラクターをもっと伸ばしてあげられれば良かったんですが、そこまで考えきれなくて、行き詰まりを感じてしまったんです。だけど、自分のシグネチャーというか、誰が描いたかすぐわかる何かを編み出して、それをいろいろ展開したいという思いはあって。「こういうのは好きだな」「こういうのは嫌いだからやりたくないな」みたいなことを整理していくなかで見つかったのが、今に繋がる“線”。じゃあ、この“線”をどう人に伝えていくのが良いのかなってさらに試行錯誤して、著名人をはじめみんなが知っているモチーフを選んでいくのが良いんじゃないかって結論に達したんです。

Q: なるほど、とてもロジカルな整理段階を経て、今のスタイルへと至ったわけですね。このタッチを獲得して以降、長場さんは飛ぶ鳥を落とす勢いであらゆる仕事をされていますが、自分を見失った瞬間などはありましたか?

 

極端にインプットが減ったなというのはすごくあります。だから、最近は仕事をセーブして、きっちりインプットもして、もう1回いろいろ考え直すっていう段階にきています。僕らの世代って変なものに憧れる時代の空気があったので、若い頃はスタンダードなものを避けてきたんですよ。でも、今後も表現活動をしていくなら、そういう部分もちゃんとフォローしなきゃなって思いが芽生えてきたので、夏目漱石とか村上春樹を読んだり。

Q: アーティストとして目標にしているロールモデルはいますか?

 

ひとりに絞るのは難しいですね。五木田(智央)さんのように、売れた作風があっても、自分が納得出来なくなればあっさり捨てて、次のステップに進んでしまう潔さにも憧れますし、その一方で永井 博さんみたいにひとつのことを追求する人生も参考になる。ふたり以外にも、今ってYouTubeで村上 隆さんから奈良美智さんまで、いろんなアーティストの過去の映像を見れるじゃないですか。だから、ひとりっていうよりは、いろんな人の人生に学び、自分なりに共感できる部分を集めて、参考にしていく感じなんですかね。

Q: では最後に今後の長期的な目標を教えてください。

 

あんまり考えられないタイプなんですけど……でも、もうひと皮剥けたいというか、まだまだ前に進みたいなとは思います。

作品のタッチと同様、シンプルな装いが長場さんの定番。ただ、デニムに関しては最近のマイブームだそう。仕事着と普段着にそこまで違いはないが、「今日は一応“よそいき”の格好なんです(笑)」と長場さん

アーティスト

長場 雄

ながば・ゆう 1976年東京都生まれ。シンプルなラインのみで描かれた作品で知られる。国内外での作品発表やアートフェアへの参加など、アーティストとしての活動を行うほか、広告やアパレルブランドとのコラボレーションなどでも活躍している。作品集に『I DRAW』、『Experss More with Less』、『A PIECE OF PAPER』など。そのほかの書籍に『みんなの映画100選』(文:鍵和田啓介)などがある。Instagram @kaerusensei

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