見えない部分に注がれる、職人ならではの心意気

Text: SHINGO SANO
Photo: MITSUYUKI NAKAJIMA

アクアスキュータムがブランド誕生から170周年を迎えた今、改めて「続けること」と「続くこと」を考えるインタビュー連載。時代の変化に寄り添いながらも、確固たるアイデンティティを守り、育んできたアクアスキュータム。その価値観に共鳴するクリエイターたちに、「続けること」と「続くこと」の意味を数珠繋ぎに問いかけていきます。今回、豊島区東長崎のカフェ・MIA MIAのオーナーであるヴォーン・アリソンさんからバトンを受け取ったのは、大阪にあるインテリアショップ・TRUCK(トラック)の黄瀬徳彦さん。ショップもファクトリーも自宅も、すべて自分の手で作り出してきた黄瀬さんは、家具作りやもの選びにどのようなこだわりを持っているのでしょうか。

Q: MIA MIAのヴォーンさんからのご紹介ですが、ヴォーンさんとはどういったご関係ですか?

 

10年ぐらい前かと思うんですが、うちでやっているカフェのBirdに突然やってきたんです。話しかけてみたら、すぐに打ち解けて、ビールを飲みながらいろいろ話しました。その後に、僕の友達がやっているバーにも行くつもりだったって言うので、一緒に行ったのが最初ですね。彼は音楽プロモーターもやっているから、オーストラリアのバンドのライブをTRUCKでやってもらったこともあります。

ショップの外だけでなく、店内にも豊富に緑が取り入れられているTRUCK。お洒落なショップやショールームというよりも、友達の家に遊びに来たような錯覚を覚えるほど、居心地の良い空間だ

Q: TRUCKはお店のなかも外も緑にあふれていますが、もともとは古いタクシー会社があったところを更地にしてから、建物も樹木もレンガ塀も、2年半かけてすべて自分たちで作り上げたものですよね。完成から13年経って、だいぶ風情が増していますね。

 

この樹木はもともと取り壊しになる団地にあったもので、全部伐採される予定だったところを救出してきてここに植えました。緑と一緒に暮らしたくて建てたお店と自宅だから、本当は移植するのは難しいって言われていましたが、ここまで元気に育ってくれて本当に良かったです。この13年の間に、自然に種子が飛んで新しく生えてきた木も多いです。これまで古い建物を改装してお店や自宅を作った経験はあっても、いちから新築を建てたことはなかったのですが、建物の周りに、自由に枝葉を広げて育った樹木たちが並んだとたんに、そのなかにある建物も、ずっとそこにある自然なもののように見えたんです。開店当初に来たお客さんが「ここ、もともとは学校やったみたいよ」なんて話しているのを聞いて、うち、新築なんやけどなーって思ったこともあります。

 

Q: それは最初から計算してデザインできるようなものではないですよね。自然のワイルドな表情がそのまま生かされている部分に、TRUCKらしさが伺えます。

 

バール1本で古いビルを改装していた20代の頃から、計算してやっているようなことはないですね。団地の樹木をここに移植するのも、たまたまその時そこに伐採される樹木があったから。その時その時にやりたいことや、好きなことをやっていたら、こうなったってだけ。でも、家具は半永久的に使えるものだから、買ってもらえたら長く使って欲しい。面白がって奇抜なものを作ったり、その時の流行で作ったりはしません。

Q: TRUCKの家具も、黄瀬さんのスタイルも、1997年の創業当時から全くブレませんよね。

 

TRUCKを始めた当初は、ちょうどミッドセンチュリーの流行があったり、その後にアジア系になったり、北欧系になったり、インテリアのお洒落な雑誌も増えて、行くたびに雰囲気がガラリと変わっているようなお店もありました。でも自分の家のインテリアって、そんなに何度もテイストを変えないじゃないですか。だから自分はそういうのにいちいち振り回されずに、自分が良いと思うものを作り続けるしかないわって思ったんです。そうすれば、2〜3年で古くなることのない、何十年も使ってもらえるものが作れるんじゃないかって。

黄瀬さんのオフィスにあるシェルフには、ターンテーブルや真空管アンプといったオーディオ機器をはじめ、写真集、子供の写真などが雑然と並ぶ。ただ置いてあるだけでも絵になるアイテムの数々だが、黄瀬さんは「ただ好きなものを置いているだけ」と語る

Q: 黄瀬さんは今日かぶっているニットキャップのほかにも、フェルトハット、ハンチング、ベースボールキャップなど、いろんな帽子をかぶられているイメージです。身に着けるもののこだわりはあるんですか?

 

TRUCKにいる時は、常に作業ができる格好が前提だから、あまり汚れやすかったり繊細なものは着ないです。ブランドの名前で選ぶこともありません。ニュージーランド人の知り合いがいて、彼は家も車も身に着けるものも全部センスが良くて、僕と同じランドローバーのディフェンダーに乗っているんですが、その後部座席に、いろんな道具と一緒にボルサリーノのハットが無造作に置かれていたんです。良いものを知っている大人なんだけど、それをありがたがって使うのではなくて、ただの道具のひとつとして扱っている感じがカッコいいし共感できるから、僕も真似して買ってみたことはあります。

Q: そのハットに付けている羽根は、近所の公園で拾ってきたものだと聞きました(笑)。肩肘張らずに、自分らしく使いこなしているところが黄瀬さんらしいと思いました。

 

僕のなかでは、買ったものでも、そこらへんで拾ってきたものでも、有名でも無名でも、全部横並びで、そこに優劣はないんです。好きなものは好き。興味ないものは興味ないってだけ。他人にどう思われるかじゃなくて、判断基準は自分が好きかどうか。

Q: 今日は、アクアスキュータムのステンカラーコートを着てもらいましたが、こういうコートはよく着られますか?

 

普段はバイクや車に乗ることが多いので、丈の長いものはあまり着ないですが、こういう感じのも好きだから昔からいくつか持ってますよ。そのなかでもよく着るのが、取り外し可能なキルティングのライニングがついているような、ミリタリーっぽいデザインのもの。服に限らずミリタリーものって、機能がそのままデザインになったようなものが多いから、いろんなディテールを眺めながらこれには何の意味があるんだろう? って考えるのが好きです。アクアスキュータムのトレンチコートにもいろんなディテールがあるじゃないですか。そういう細かい仕事を大事にしている点に共感できますし、職人の心意気を感じます。たぶんこのコートも裏地を取ってみたら、普段は目に見えないところにもいろんな工夫が込められているんだろうなって、想像できますよね。

Q: 黄瀬さんが作られる家具も、一見男らしくワイルドでいて、細かいところはとても丁寧に作られていますよね。そういうもの作りの姿勢は、誰かから影響を受けたものですか?

 

特に誰かひとりからってわけではなくて、常にいろんな人から影響を受けてきました。でも、ひとつ思い出すエピソードとしては、19歳から3年間、椅子の工場で働いていた時に、星島さんという職人歴50年以上の熟練の職人がいて、その人がソファのフレームを作る時、あとで布を張るから最終的に表からは脚の部分しか見えないのに、内側部分もきれい過ぎるぐらいのクオリティで作っていたんです。それを見て親方は、「そんなにきれいにしたら、塗装屋さんが間違えて塗装してまうやないか」って言うんです。けど星島さんは、「せやけど、何年か経って張り替えられる時に、なかを見て『これ誰が作りよってん』って思われてもシャクやからなー」って言うんです。

Q: 本当は必要のないひと手間かもしれませんが、そこにこだわるところにプライドを感じますね。でも、何においても効率化が求められる今の時代に、そういう心意気は簡単に失われてしまうことも多いですよね。

 

僕も今となっては人を雇って経営している立場でもあるので、「そこはそんなに手間かけへんでもええんちゃうか?」っていう親方の気持ちもわかるんです。でもやっぱり僕は、「そんなええ加減な仕事はできまへんわー」って、ひたむきに自分が納得のいく仕事をし続ける、星島さんの姿勢のほうが好きなんです。そういう思いで作ったものって、わざわざ言わなくても伝わるんじゃないかなって思っています。

Q: そういう仕事に対する姿勢は、職人ではなくても勉強になりますね。消費者としては、職人さんの姿もソファの中身も見ることがないので、そういう人が作っていると知れただけでとても安心しますし、ものの価値を理解できます。

 

星島さんは奈良から大阪の木工所に通っていたんですが、毎日きちっとスーツを着てくるんです。それで作業場に着いたら、そのスーツにちゃんとビニールのカバーをかけて、大事にしまうんです。木工所って埃まみれになるでしょ。ほかにスーツを着てくる人なんていませんよ。星島さんは背が高くてスタイルも良くて、お洒落なんです。その木工所が縮小したタイミングで辞めてしまいましたが、その後TRUCKでも何年か働いてもらえました。そういう先輩たちの仕事を近くで見られる機会は、とても貴重な経験になったと思います。

Q: 先ほど機能性の話にもなりましたが、黄瀬さんはお店だけではなく、毎日家族と暮らす自宅もご自身で作られていますよね。住空間の機能性というとかなり本格的な話になりますが、家作りでこだわったところは?

 

今の家を作る時に、断熱や気密性について勉強していくうちにどんどん面白くなって、見た目のカッコ良さばかりではなくて、当たり前に機能性を追求したものを作ることのほうが、本当の意味でカッコいいことなんだって思うようになりました。どんなにデザインをカッコ良くした家でも、実際にはエアコンをフル稼働しなきゃ住めないような家だったら、電気も大量に消費するし、常にエアコンの風に晒されて不快だろうし、その家は全然カッコいいとは言えないと思うんです。だから自宅にはソーラーパネルを設置して、そこで温めたお湯を循環させて床暖房にしています。その効率を高める為には、断熱と気密を徹底する必要があります。毎日暮らす家を作る上で、快適に生活できるっていうことが一番です。

黄瀬さんの愛車は’90年代のランドローバー・ディフェンダー 110。イギリスの天候を思わせる雨模様のなか、イギリス製のレインコートを着込み、イギリス製の車に乗り込む黄瀬さん

Q: 機能性に優れたものの良さはもちろんですが、黄瀬さんの作る家具のなかには、1999年の発売以来ベストセラーとなっている『OAK TABLE』のように、節、割れ、あえて残した荒木や目違いといった、自然本来の風合いを活かした商品も多いです。効率や機能を追求する側面と、不完全なものを求める側面が両立している感じがとても面白いですよね。

 

家具作りを始めた当初は、一般的にきれいとされるところだけを使っていましたが、節や割れだって同じ木なんだから、使いようによってカッコ良く見せられるんじゃないかって思ったんです。そんな時にちょうど、知り合いのギャラリーでTRUCKの世界観を表現させてもらえる機会があって、ちょっとしたものを並べる為の台が必要になった時に、そういう自然のままの姿を活かした素材を使ってみたいと思ったんです。でも当時日本では、節や割れの魅力を表現できそうな素材は、どこを探してもありませんでした。最終的にアメリカから取り寄せることにしたんですが、展示会の日程が迫っているから急いで空輸しなければならなくて、結局素材代が10万円で、空輸代が50万円っていう、なんだかワケのわからないことになってしまって……。

Q: 素材も出回っていないような需要のない状態から始めて、今ではブランドを象徴する人気アイテムにまでなるなんて、当初は全く予測できなかったんじゃないですか?

 

商品としては、最初に大きいテーブルを作ったんですが、やっぱり珍しいものですから、いざ買いたいっていう人が現れた時には、「え、ほんまに?」って思ってしまいました。でも、そんなことも10年ぐらい続けて、次第にテレビや雑誌なんかでも取り上げてもらうようになると、だんだん節や割れの価値も一般的に認められ始めて、今度はみんながそういう素材を探すようになったんです。だから今では、日本でも普通に買えるようになっています。僕はアート作品を作りたいわけではなくて、あくまで日常で使える道具を作っているつもりだから、その価値に共感してもらえる人が増えていったことは、素直に嬉しいことです。

Q: 2018年にはロサンゼルスに新しい拠点を構えられたと聞きました。今後LAではどういった活動をされていく予定ですか?

 

何か活動をする為に借りているわけではないので、特別にこれといった計画はありません。LAにスティーブン・ケンっていう家具も作るデザイナーの友人がいるんですが、彼が住んでいる集合住宅はいろんなアーティストやクリエイターが住んでいる面白い場所で、そのうちのひと部屋が空いたという話を聞いたから、 じゃあ試しに借りてみようかなって思ったのがきっかけです。僕は海外暮らしの経験がなかったから、単純に現地に住んでいる気分を味わってみたかったっていうのも、大きな理由のひとつですね。でも、日本から自分の家具をあれやこれやと運び込んで、取っ替え引っ替え、ああでもない、こうでもないと試行錯誤をしていくうちに、なんとなく人に見せてもいいような雰囲気が出来上がったんです。それならショールームみたいに使ってもいいんじゃないかなって思っていたところに、このコロナのパンデミックが始まったから、それ以来2年間行けていません……。

青々しく生い茂る木々のなか、ひっそりと佇む木製の小屋やレンガ塀は、数百年前からそこにあったようにも見える。たったの13年で、ここまで雰囲気が出るとは驚きだ

Q: そういう面白い人たちが出入りする場所であれば、いろんな刺激がありそうですね。黄瀬さんが現地に行けていない間、そのお部屋はどうなっているんですか?

 

スティーブンが植物の世話をしてくれたり、自分の友人を連れて来て家具を見せてくれたり、僕がいなくてもある程度管理してくれているんです。彼経由でトム・ハンクスとかYouTubeのファウンダーが来て家具を注文してくれたこともあります。やっぱりLAはスケールが違います。今後も自分が好きな時に、好きな場所で、好きなことをやっていければ良いなって思っています。

普段車やバイクに乗ることの多い黄瀬さんにとって、長い丈のコートはちょっと他所行きのアイテム。飾らないラギッドなスタイルにも、アクアスキュータムのステンカラーコートは自然と馴染む

家具屋オーナー

黄瀬徳彦

きせ・とくひこ 1968年大阪府生まれ。高校卒業後、長野県松本技術専門校・木工科で家具作りを学ぶ。’91年に23歳で独立。ひとりで工場を持ち、オリジナル家具を作り始める。’97年にパートナーの唐津裕美とともに、オリジナル家具の制作、販売を手がけるTRUCKを大阪市中央区玉造に設立。2009年、大阪市旭区新森に移転。著書に『MAKING TRUCK』(アスペクト)と『TRUCK NEST』(集英社)の2冊がある。Instagram @truckfurniture, @tokkise

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