知らぬ間に受け継いでいた、
もの選びの価値観

Text: SHINGO SANO
Photo: KENTO MORI

アクアスキュータムがブランド誕生から170周年を迎えた今、改めて「続けること」と「続くこと」を考えるインタビュー連載。時代の変化に寄り添いながらも、確固たるアイデンティティを守り、育んできたアクアスキュータム。その価値観に共鳴するクリエイターたちに、「続けること」と「続くこと」の意味を数珠繋ぎに問いかけていきます。今回、フォトグラファーの長山一樹さんからバトンを受け取ったのは、職人的な仕事にクリエイターたちからの信頼も厚い、スタイリストの小林 新さん。豊島区にある行きつけのカフェで、もの選びの基準とこだわりについて話を聞きました。

Q: 小林さんは仕事柄、毎日いろいろなタイプの洋服を手に取っていると思いますが、アクアスキュータムのコートにはどのような印象を持たれていますか?

 

個人的にブランドのアイコンやマスターピースと呼ばれるものは大好きなので、アクアスキュータムのコートはもちろん仕事でもプライベートでも愛用しています。何か新しいブランドに触れた時は、まずそのブランドの一番長く愛されているアイテムを調べるようにしていて、それはもう癖になっていますね。仕事で使うものに迷った時は、そういうアイコニックなアイテムがあれば最終的にうまくまとまるということを経験上わかっているので、意識的にピックアップしています。スタイリストは、“ものが好きなタイプ”と“絵作りを重視するタイプ”で大きく分かれると思いますが、僕の場合はものが好きっていうのが大前提としてあって、絵作りはその道のプロであるフォトグラファーに頼るタイプですかね。例えば、雑誌みたいにアイテムのブランド名や価格が記載される仕事以外の場合は、最終的に見た目さえカッコよくまとまっていれば、どこのブランドのどんなアイテムだっていいわけですよね。でも僕は、たとえ誰も気付かなかったとしても、何かに似たものではなくて、本物を用意しなければ気が済まないタイプなんです。せっかく人に身に付けてもらうんだから、一番良いものを用意したいっていう気持ちが強いんですよね。でも、いつも王道ばかりでは飽きがきてしまうから、時には新鮮なアクセントが欲しくなる。だから王道は手駒として常に持っていながら、都度つど新しいアイデアやヒネリを提案していくぐらいのバランスが、僕には合っているんだと思います。今着ているコートも王道で言うとベージュですが、今日みたいにちょっと知り合いのカフェまでドライブするような時には、より華のあるクラブチェックのほうが良かったりするんです。

Q: ステンカラーコートはいつもどんなスタイリングで合わせていますか?

 

だいたいウールのニットやジャケットとレイヤードして、デニムパンツに合わせる感じが多いですね。防寒や雨風への対応を重視したいロケ撮影みたいな場面では、僕もダウンジャケットや防水のシェルパーカみたいなものを愛用しています。それならわざわざ何枚もレイヤードしなくても、1着だけで解決しちゃいますからね。でも、こういうアイコニックなコートにはスタイルとしての魅力があるから、わざわざ何枚もレイヤードする煩わしさも含めて、ファッションの楽しさが味わえます。ふと雨が降ってきた時に、こういう昔ながらのレインコートを車から取り出して、サッと羽織る感じがやっぱり好きなんですよね。僕みたいなもの好きの場合は、むしろ面倒臭いもののほうが、より愛着を持てるんじゃないですかね。僕はヴィンテージの時計も好きで集めているんですが、朝出かける前に必ずゼンマイを巻いて時間を合わせる作業があったり、日中も時間が合っているか確認したりと、結構気にかけてあげなきゃダメなんです。でもそうやってものと関わりながら暮らしている感覚こそが、実は醍醐味だったりもするんです。

アイウェア、時計、リング、靴、チェーン……。小林さんが身に付けているものは、どれもシンプルでいて、こだわりの詰まったアイコニックなアイテム。しかしすべてがブランドものの高級品というわけではなくて、マーケットで出合った珍しい掘り出しものや、自分で作ったオリジナルなど、小林さんにとって思い入れのあるものばかり

Q: 今日乗ってこられた愛車のベンツも、それこそスタイルがあって素敵ですね。でも先日に撮影の現場でお会いした際には、確かもっと新しい車に乗っていたと記憶していますが?

 

そうなんです。このベンツは完全に趣味の車(笑)。撮影とかリースに回るような仕事の日には、パフォーマンスを重視してプリウスに乗っています。ここでもやはり、着るものと同じように機能性とスタイルは分けて考えていますね。リースの時は都内をぐるぐると回るし、アポイントの時間にも遅れられないから、燃費の良さと、故障のない安定性は、仕事の場面では何よりも優先したいところなんです。現代の都会で暮らすライフスタイルのなかで、機能性とスタイルのどちらに偏りすぎても、あまりリアルではないと思うんです。そのどちらもバランスよく取り入れられたほうが、快適で、カッコいい生き方ができると思います。このベンツは’91年のものですが、この車が最先端だった当時の記憶がまだ鮮明にある僕なんかからすると、この車も今ではヴィンテージと呼ばれていることに少し不思議な感じもします。古着なんかでも、僕らが10代の頃普通に着ていたものが、今では高値で取引されていたりします。そういうもの、うちの実家にはたくさん眠っていますよ(笑)。でもそうやって、上の世代から次の世代へと受け継がれていくものはたくさんありますよね。このコートだってそう。たとえ10代の頃は良さがわからなかったとしても、大人になったらその魅力に気付かされることも多いです。

Q: ものに対する興味が強くなったきっかけは何かありますか?

 

僕の両親は収集癖があって、週末になるとよくふたりでフリーマーケットに出かけて行って、特に親父のほうは、毎回よくわからないものを買ってきていました。やっぱりそういう親の影響っていうのは少なからずあるんじゃないですかね。当時は「変なものばかり買ってきて、何やってるんだろう」ぐらいにしか思っていなかったのに、僕も今大人になって全く同じことをしていますからね(笑)。 あと、きっかけっていうのは特に思い当たりませんが、子供の頃からものに対するこだわりが強かったことは確かです。母親が裁縫の得意な人だから、映画のなかでジェームス・ディーンが着ていたニットとか、『トップガン』のトム・クルーズが着ていたジャケットとか、母親に頼んで同じようなものを作ってもらっていました。あと、親戚がアメリカ旅行に行く時には、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でマイケル・J・フォックスが使っていたスケボーと全く同じものを買ってきてもらいたくて、スケボーがアップで映るシーンをビデオで一時停止して、わざわざ画面をフィルムカメラで撮影して、その写真を渡して「これと同じスケボーをお願い!」って頼んだことがあります。スケボーだったらなんでもいいから今すぐ欲しいっていうよりも、スケボーならこれじゃなきゃダメっていう強い執着が当時からあったんだと思います。

Q: ご自身でも気付かないうちに、ご両親から大きな影響を受けていたのかもしれませんね。

 

親父は最近亡くなってしまいましたが、陶器からガラクタのようなものまで、とにかくいろんなものを集めていたから、その片付けが大変で(笑)。どれも特に値打ちのあるものではないけど、親父にとっては一つひとつに思い入れがあったようでした。僕は仕事柄、親父よりも値打ちの高いものに触れる機会が多いので、もちろんそういうものも好きで集めていますが、ほかの人には全く値打ちのないものでも、自分が気になったものはなんでも集めるタイプなので、その点は親父譲りかもしれませんね。あと、親父は集めてきたものを修理したり、何かと何かを組み合わせて新しいものを作ったりすることも好きでしたが、その感覚も完全に受け継ぎましたね。僕もとにかく何かを修理したり、自分でチマチマ作ったりするのが大好きで、最近はそうやって作ったものをインスタで上げていたら、次第に商品化しましょうって声がかかるようになってきて(笑)。今ベストに付けているシルバーのチェーンもそのひとつで、元々は別々に買ってきたアンティークのパーツを繋ぎ合わせて作ったもの。あとは今、自分のこだわりを詰め込んだオリジナルジーンズも、お付き合いのあるブランドにサポートしていただきながら制作を進めています。

休日のドライブの相棒は、’91年製のメルセデス・ベンツ・ミディアムクラス。仕事でパフォーマンス重視の時はトヨタのプリウス。ドライブを楽しむ時や、カッコつけたい時はベンツ。クラブチェック柄のステンカラーコートが、クラシックな車のデザインによく似合う

Q: 世代から世代へと受け継がれていくもの選びの価値観や、時を経ても変わらないものの魅力。続いていくものと続いていかないものの違いはどんなところにあると思いますか?

 

例えばヴィンテージの機械式時計なんかは、100年以上使えるようなものも多いので、どこかの国の誰かの手から誰かの手に渡り、それを繰り返していくうちに、たまたま僕の手に渡って来たという感覚だと思います。だから確かに自分が所有していながら、どこか“預かっている”という意識もあるんです。こうやって価値が時代を超えていくような時計や車の世界では、クラシックなものならではの魅力がありますよね。アクアスキュータムのコートも100年以上愛され続けている定番のものがありますが、流行り廃りのサイクルが早いファッションの世界では、本当に稀有な存在だと思います。それは逆に言うと、スタイルも、作りも、機能も、100年以上愛されてしかるべきポテンシャルを持ったアイテムだということ。時計でも、車でも、家具でも、ファッションでも、そういう確かなものを選んで、大事に使い続けていきたいです。

休日になると、美味しいコーヒーを求めて夫婦で遠出することが多いと語る小林さん。豊島区長崎にあるコーヒースタンド「MIA MIA(マイア マイア)」も数あるお気に入りのひとつ。パンやスイーツも美味しいから、つい長居してしまうそう。紫外線に反応してレンズの色が変わるアイウェアは、室内にいる時は眼鏡、屋外ではサングラスとして使える

スタイリスト

小林 新

こばやし・あらた 1978年神奈川県生まれ。大学卒業後にスタイリストの渡辺康裕氏に師事し、2006年に独立。その後UMに所属する。ファッション誌や広告を中心に、メンズ・ウィメンズ問わず、タレントやアーティストのスタイリングも含め幅広いフィールドで活躍。今回訪れた豊島区長崎のコーヒースタンド「MIA MIA」のオーナーは古くからの仕事仲間で、休日になると、世田谷区の自宅から夫婦でドライブがてらコーヒーを飲みに訪れるという。Instagram @arata0719

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