毎日繰り広げられるのは、
筋書きのない小さなドラマ

Text: SHINGO SANO
Photo: JUN OKADA(BE NATURAL)

アクアスキュータムがブランド誕生から170周年を迎えた今、改めて「続けること」と「続くこと」を考えるインタビュー連載。時代の変化に寄り添いながらも、確固たるアイデンティティを守り、育んできたアクアスキュータム。その価値観に共鳴するクリエイターたちに、「続けること」と「続くこと」の意味を数珠繋ぎに問いかけていきます。今回、スタイリストの小林 新さんからバトンを受け取ったのは、前回の取材時に小林さんが訪れた、豊島区東長崎にあるカフェ・MIA MIA(マイア マイア)のオーナーであり、コーヒージャーナリスト、モデル、教師、ミュージックプロモーターと、様々な顔を持つヴォーン・ジョセフ・アリソンさん。なんでも好きなことを突き詰めて仕事にしているヴォーンさんに、人生の道を切り拓くコツを聞きました。

Q: 今回は、ヴォーンさんがコーヒー業界の師と仰ぐバリスタ、國友栄一さんが手がける清澄白河のKOFFEE MAMEYA -Kakeru-(コーヒー マメヤ カケル)にお邪魔しています。アットホームなMIA MIAとは全く雰囲気が異なりますが、ここはヴォーンさんにとってどういったお店なんですか?

 

日本に住み始めた2009年の頃は、ちょうどサードウェイブのトレンドが到来する前夜で、品質にこだわったインディペンデントなお店が増え始めたタイミングでした。もともとカフェが大好きだった僕は、こういう面白いお店のことや、新しいカフェのスタイルをみんなに知ってもらいたくて、コーヒーのブログを始めました。そこで初めて取り上げたお店が、KOFFEE MAMEYAの前身であるOMOTESANDO KOFFEEだったんです。当時から、時代の先を行く國友さんの考え方には常に驚かされてきましたが、昨年オープンしたばかりのKOFFEE MAMEYA -Kakeru-はまさに、コーヒーを突き詰めた先にある究極のお店と言えます。ここは一杯のコーヒーを楽しむ一般的なカフェとは違って、好みのタイプの豆を選んで、コールドブリュー、ミルクブリュー、フィルターといった淹れ方や温度の違いをはじめ、お菓子やパンやアルコールとのペアリングなどを通して、コーヒーの様々な表情をフルコースで満喫できるお店です。さらに“Kakeru(かける)”という店の名前には、「×焙煎士」「×パティシエ」「×シェフ」と、いろんなプロフェッショナルとのコラボレーションによって、今までにないコーヒー体験を生み出すというコンセプトが込められています。MIA MIAとは全くキャラクターが違うお店ですが、國友さんから学ばせてもらうことは本当に多いです。

Q: 実際に國友さんのお店から学んで、MIA MIAの店作りに生かしていることはありますか?

 

バリスタの仕事に向き合う心構えが一番大きいですね。KOFFEE MAMEYA -Kakeru-でもOMOTESANDO KOFFEEでも、國友さんが手がけるお店ではバリスタの存在がとても際立っていて、豊富な知識とスキルを持った彼らの仕事の美しさを眺めることも、彼らと話をすることも、お店で過ごす時間の大きな醍醐味のひとつです。KOFFEE MAMEYA -Kakeru-はバリスタたちが働くラボのようなスペースをぐるりとカウンターが囲んでいて、まるでステージのように、360度どの角度からもバリスタたちの仕事を眺めることができます。まだ席に座ってから何も口にしていませんが、ここのコーヒーは、口に入れる前からすでに美味しいですよね(笑)。私はまだまだビギナーだし、MIA MIAはもっとカジュアルで小さいお店ですが、私たちも彼らと同じ水準で仕事に向き合うプロフェッショナルであると思っています。

Q: 確かに、MIA MIAでもバリスタたちがとても丁寧にコーヒーを淹れている姿が印象的で、どのお客さんも、彼らとのちょっとした会話を楽しんでいる様子でした。あの温かい雰囲気作りの秘訣は?

 

カフェの仕事は立ちっぱなしのロングシフトだし、1日に200杯のコーヒーを淹れるようなハードな仕事です。でも、バリスタにとっては200分の1杯だとしても、お客様が飲むのはそのたった1杯だけ。だからどの1杯も、常に自分ができるベストなクオリティで提供しなければなりません。それは接客にも同じことが言えます。200分のひとりのお客様として接するのか、ひとりとひとりの人間同士のコミュニケーションを構築するのか、その違いは歴然です。

Q: その結果、MIA MIAにはコーヒー好きばかりではなく、近所のお年寄りから小学生まで、毎日いろんな人たちが集まってきます。具体的にスタッフに意識してもらっていることはありますか?

 

お客様を迎えて挨拶する時は、彼らから何かしらの反応をもらえなければ意味がないと伝えています。どれだけフレンドリーに接したとしても、コミュニケーションは一方的では成立しないからです。一人ひとりのお客様が心地良いと思える、心のコミュニケーションを意識してもらっています。お店を始めた当初は、毎朝店の前の道を掃除しながら、すれ違う人たちに挨拶をしていました。そうすると、毎朝顔を合わせる人とちょっとした会話が生まれて、そこで顔見知りになった人たちがお店に来てくれるようになり、次はその方々が知り合いを連れて来てくれるようになる。そうやってだんだんと、地域との繋がりが深まっていきました。物事はこういう些細なことからしか生まれないし、どんなに大きなことも、もとを辿ればほんの小さな一歩から生まれます。

KOFFEE MAMEYA -Kakeru-の國友栄一さんと、コーヒー談義に花を咲かせるヴォーンさん。つい数週間前にもここを訪れたそうだが、話のタネが尽きることはないよう

Q: 東長崎という小さな街にある小さなカフェですが、そういう人と人との出会いが連鎖して、新しいことが日々生まれている印象です。お客様同士の交流もあるんですか?

 

そうですね。昨年近所にギャラリーとシェアオフィスの機能を持ったスペースをオープンしたんですが、そのシェアオフィスに入居しているファッションデザイナーとグラフィックデザイナーは、ふたりともお店のお客様同士でした。どちらも毎朝子供を学校に送った後にカフェに来てくれていて、そこで顔を合わせるうちに仲良くなって、僕がシェアオフィスを立ち上げる話をしたら、自然と彼らが入居してくれました。今日被っているキャップも彼らがデザインしてくれたもので、お店で販売させてもらっています。

 

Q: 今日はそのキャップにステンカラーコートを合わせていますね。こういうコートはよく着るんですか?

 

トレンチコートは去年ぐらいからよく着るようになって、密かなマイブームです。アクアスキュータムのクラブチェックって、クラシックな格好はもちろん、こういうキャップとか、普段着に合わせやすいですよね。アクアスキュータムも170年続いているブランドですが、そんな長い歴史も遡っていけば、やはり最初の小さな一歩があったはず。その一歩を踏み出すか踏み出さないかで、170年の歴史が生まれなかったかもしれないんですよね。そう考えると、毎日のちょっとした出会いは、本当に大切なものです。このキャップが170年続いていく可能性だって、ゼロではないんですから(笑)。

Q: そうやって、毎日いろんなハプニングが生まれていそうですね。印象深かった体験はありますか?

 

人と人とが出会えば、必ず何かが起こりますよね。ある日は、バンドの練習帰りでギターを抱えたお客様が来店して、しばらくしたら、今度は別のお客様がバイオリンを片手に来店しました。ふたりにお願いしたら即興でジャムセッションをしてくれて、その音色につられてどんどんお客様が増えていくから、最終的には超満員でとても盛り上がりました。また別の日には、午前中にひとりの男性が来店して、世間話をしていたら、どうやらその日は彼の奥さんが実家の近くの病院で出産をする日らしくて、事情があって立ち会えない彼は、とてもナーバスでいてもたってもいられないという状態でした。連絡がくるまでここにいたいと言うので、リラックスしてもらえるようにお迎えしました。

國友さんは世界各地の農園から、市場には出回らない希少な豆を独自のルートで仕入れ、自らの手でブレンドしている。「國友さんがやっていることは、一流のレストランのシェフと変わりませんよね」と、コーヒーを楽しみながら感慨深げに語るヴォーンさん

Q: なんだかショートムービーのプロローグのような展開ですね。その方は初めて来店した方ですか?

 

オープン当初から通ってくれている常連さんです。緊張のなか連絡を待ち続けるだけでは大変なので、ほかのお客様が来たら、「こちらの方、もう少しで父親になるかもしれないんです。何かアドバイスはありませんか?」と聞いたりしながら、みんなで彼の緊張を解したり励ましたりしていました。そうこうしているうちに、お昼になり、夕方になり、夜になり、とうとう23時になった時には、あの小さいお店に20人のお客様が残って、今日初めて出会った知らない人と、彼の奥さんの出産がうまくいくことを祈り続けていたんです。最終的に、無事に生まれたという連絡がきた時は、みんなが涙を流して喜びました。それは、とても美しい瞬間でした。父親になった本人にとって、その日が人生の特別な日になるというのは当たり前のことですが、たまたまその現場に居合わせた人たちにとっても、生涯忘れられない経験となったはずです。その後、赤ちゃんが3ヶ月になった時、初めてのお散歩で家族揃って来てくれました。

コの字型のカウンターのなかは、バリスタたちが働く実験室のようなキッチンスペース。必要最低限のものしか目に入らないミニマルな空間

Q: チェーン店のカフェではなかなか起こらなそうな出来事ばかりですね。何がそういうドラマを引き起こすきっかけになっているのでしょうか?

 

正直、赤の他人が父親になるなんて、自分にとって関係ないことと言えばそれまでです。でも、その場に留まった人たちは、“関係ある”という選択をしました。連絡を待っていた彼も、コーヒーを飲んだ後に自宅に戻り、ひとりでその瞬間を迎えることもできたはずです。でも彼は、MIA MIAに留まることを選択しました。先程も言いましたが、こういう小さいことの積み重ねが連鎖していくことで、人生は全く予想もつかない方向へと進んでいきます。その連鎖の最初のきっかけとなるのが、スタッフがお客様を迎えた時の、心を込めた挨拶なんです。そもそも、毎日いろんな人が出入りをするカフェは、こうやって人と人とが繋がって、何かが始まる受け皿となるべき場所です。隣に住んでいる人の名前も知らないような都会の街では、知らない人と接点を持てる場所がどんどんなくなっていますよね。日本人はシャイだとか、壁があるとか言われることもあるけど、本当はみんな、場所やきっかけさえあれば、赤の他人と素晴らしい時間を過ごすことができるし、そうやって新しい人間関係や仕事を広げていくこともできます。こういう小さな街の小さなコミュニティセンターのようなカフェが各地域にできたら、もっと素敵で面白い社会になっていくはずです。

クラブチェックのステンカラーコートを着こなすヴォーンさん。合わせるアイテムの色のチョイスに、オリジナリティが滲む

Q: ヴォーンさんはカフェのオーナーのほかに、コーヒージャーナリスト、モデル、教師、ミュージックプロモーターと、様々な顔をお持ちですが、自分が好きなことを仕事にして、続けていくコツはありますか?

 

何十年も続けられるかどうかというのは、自分が選んだことをどれだけ愛せるかどうか。それに尽きると思います。そして自分の殻に閉じこもることなく、知らない人との触れ合いや、ハプニングを楽しみながら、常に前を向いて進んでいくこと。人生は何が起こるかわからないけど、何かが起こるきっかけを生むのも、何も起こらない道を選択するのも、すべては自分の小さなアクション次第。ちょっとの勇気で一歩踏み込んでみると、必ず新しい発見や学びがある。それをしないで通り過ぎたり、消費したりするばかりでは、すごくもったいないと思います。私も今では小さなカフェを持てて、KOFEE MAMEYAやブルーボトルコーヒーといった有名店とコラボでハンカチを作って、全国の百貨店で取り扱ってもらったり、雑誌の表紙に掲載していただいたり、こうやってインタビューしていただいたりと、とてもラッキーな経験をさせてもらっています。でもたった10年前まで、私はただのコーヒーと音楽が好きな英語教師でした。人との触れ合いと、そこから生まれる予想できない出来事の連続が、私を今いる場所まで連れて来てくれたのです。

「ファッションもボディランゲージも、自分を表す鏡のようなもの。自分がどのような人間なのか、どのように生きたいのか、着るものはそれに直結しています」と語るヴォーンさん。実はこの日の朝、急いで家を出たヴォーンさんは、右足が赤、左足が水色と、間違えて左右違う色の靴下を履いてきてしまったそう

コーヒーショップオーナー・モデル・教師・音楽プロモーター

ヴォーン・ジョセフ・アリソン

1983年、オーストラリア・メルボルン生まれ。2001年に初めて来日し、’03年に立命館アジア太平洋大学で経営学士号を取得し卒業。同年に帰国し、音楽マネージメント会社を設立。’09年に再来日し、音楽プロモーター、モデル、英語講師などの傍ら、コーヒー業界においてはコメンテーター、ライター、キュレーターとしても活躍。’20年にカフェ・MIA MIAを豊島区長崎にオープン。Instagram @vja, @miamia_tokyo

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