普遍的な存在に近づく為には、
変化を恐れていてはダメ

Text: SHINGO SANO
Photo: RIKI YAMADA

アクアスキュータムがブランド誕生から170周年を迎えた今、改めて「続けること」と「続くこと」を考えるインタビュー連載。時代の変化に寄り添いながらも、確固たるアイデンティティを守り、育んできたアクアスキュータム。その価値観に共鳴するクリエイターたちに、「続けること」と「続くこと」の意味を数珠繋ぎに問いかけていきます。3人の著名人から始まるこの企画。今回は2007年の独立以来、常にクリエイティブシーンの第一線を走り続けているフォトグラファーの長山一樹さんを迎え、日々目まぐるしく変化するファッションフォトの世界から見た、普遍的な価値観について聞きました。

Q: ファッションフォトグラファーの世界では、まず師匠について、独立したら自分に弟子ができて、その弟子が独立したら今度は孫弟子ができるという風に、縦の繋がりが続いていきます。その際に、何かイズムのようなものは受け継がれていくものですか?

 

周りからはイズムがあるように見られると思いますが、基本写真に関しては、ああしたほうがいいとか、こうしなきゃダメということは全く言わないですし、僕も師匠から言われたことはありません。そこはアシスタントの作風に関与しないというか、ある程度守られるべきところだと思うので。ただ、唯一あるとすれば、仕事への向き合い方は師匠の姿を見て学ぶことだと思うので、そこからイズムを感じられることも多いのではないでしょうか。例えばひとつのプロジェクトに対してどれだけ時間を費やすのか、撮影までにどれだけの準備をするのか、ロケ場所やモデル、ライティングにどれだけこだわるのかというのを一番間近で見ることができるので、実際に自分が仕事をしていく際の価値基準は養われると思います。僕の師匠から僕の弟子や孫弟子まで、何か受け継がれているものがあるとすれば、そういう一つひとつのことに手を抜かず、妥協せず、ほかの人よりも大変なことをしても、常に考え得るベストを求めていく貪欲さだと思います。どれだけ写真のスタイルが違ったとしても、写真に向かう姿勢的な部分は師匠から弟子へと受け継がれていくものだと思います。アシスタント時代は大変なことばかりですが、いろんなターニングポイントで必ず「あの経験がなかったら今はないな」と思うんですよね。フォトグラファーは自分のオリジナリティや表現を突き詰めなきゃ続けていけないし、仕事も自分自身で広げていかなきゃならない職業なので、どこかで自分の力でやってきたと考えてしまいがちなんですが、アシスタント時代に師匠から受け継がれたものがなければ、こんなに続けることはできなかったと、何年経っても思うんですよね。

Q: 独立されてから、ご自身のスタイルを確立していくこともかなり難しいことだと想像します。キャリアのなかで手応えを感じた瞬間はありましたか?

 

そうですね。師匠から仕事に対する姿勢は受け継げたとしても、いざプロとして自分が仕事を受けたら、最後は自分自身の表現で結果を残していかなければならないので、誰しもそこで苦労をすると思います。こういう現場でこういうチームだから、こういう感じが求められているんだろうなって、自分自身から出てきていない小手先の表現で、ある意味置きにいくような写真はすぐにバレてしまうんですよね。そんな写真は自分が撮らなくてもいくらでも替えが効きますし。僕は独立してからある程度仕事が回ってきた時に、一度スランプのような状態に陥ったことがあるんです。ちょうどデジカメを買って、いろんな加工とかにも挑戦し始めていたタイミングだったのですが、いい写真を撮れるようになる以前に、大前提として何か自分の核となるものがなければ、ただこのまま続けていてもダメだという焦りを感じていました。それで、僕はどんな写真が好きなのかと聞かれた時に一言で即答できるような明確な答えが欲しくて、毎日自問自答を繰り返しました。そうやってたどり着いた答えが、シンプルできれいな光が好きだということ。だからその日から、本当にきれいだなと思える光でなければ一枚も撮らないというルールを決めて挑むようにしました。そうしたら、最初の雑誌が発売されたタイミングでいきなり師匠から電話がきて、「あの光きれいだったよ」と言われたんです。さっきも言った通り、師匠からそんな話題で電話がくることも、僕の写真がどうだったなんて話をされたことも初めてだったので、本当に驚きました。でも自分に近い人が見たら、芯が定まっていないとか、方向性がブレているなんてことは、自分が思っている以上に明らかだったんだろうなと思いました。当時はレタッチでコントラストをあげたり、光に色を入れたりと、いろいろと流行っているスタイルはありましたが、その経験から自分がいいと思うことに集中しようって自信がつきました。

Q: 長山さんは撮影の時も打ち合わせの時も、常にスーツにハットというスタイルで通されていたり、ヴィンテージの家具を収集されていたりと、クラシックなスタイルがお好きですよね。古いものに惹かれるようになったきっかけは何だったのですか?

 

仕事をするにはカメラもデジタルを選択せざるを得ないし、カメラ以外でも、あらゆるものが早くて便利なものへと移り変わっていきますよね。トレンドを追いかけるようなファッションへの興味もなくなりましたし。今のファッションは言ってしまえばなんでもありだから、ただ奇を衒っても面白くない。そんな状況にどこか満たされない気持ちがあって、逆に制服とかルールみたいなものが欲しいと考えるようになったんです。スーツは決められた型のなかで、その時の気分や自分のオリジナリティを表現する面白さがあります。しかも機械によって大量生産されたものではなくて、オーダーすればハンドメイドで丁寧に作ってもらえます。ヴィンテージの家具も今とは比べものにならないほど良質な素材を使って、職人が手作業で作ったもの。世の中にふたつと残っていないものも多いです。テクノロジーや情報化社会が発展すればするほど、世界中で同じようなものが使われ、同じようなライフスタイルや文化へと画一化されていきます。そうなってくると、逆に不完全で人間らしいものに愛着が湧いてくると思うんです。スーツもみんな同じ形のように見えても、しばらく着ているとその人の身体の形になるんです。結局自分が見て心を惹かれるのは、人の痕跡なんです。着倒したスーツとか、履き込んだ靴とか、擦り切れたハットとか、使い込まれた机や椅子とか……。簡単に言っちゃうと、「味」ですよね。

 

男性の場合は特に、そのデザインや機能性だけではなくて、雰囲気全体を含む「味」のほうに強く惹かれるのではないでしょうか。今日はアクアスキュータムのバルカラーコートを着させてもらいましたが、こういうコートも特に、その「味」の部分が重要になるアイテムですよね。少なくとも僕は防寒の為にコートを選んだことはこれまでに一度もありません(笑)。どちらかというと映像的というか、そのコートによって描き出される風景に惹かれることのほうが多いです。例えば、どこかで観た映画のワンシーンで、かじかんだ手に白い息を吐きながらコートの襟を立てて、肩をすくめて歩く男の横顔がカッコいいっていうビジョンが頭のなかに残っていて、いつかそんな風に着こなしたいっていうロマンの為にコートを買うんです。

Q: アクアスキュータムは今年で170周年を迎え、ブランドを象徴するシグネチャーアイテムのコートも、100年以上大きく姿を変えずに今日まで世界中で愛されてきました。ファッションフォトの世界でも、そのようにいつまでも変わらない価値観はありますか?

 

ファッションフォトの価値観は、時代と呼応しながら日々進化して刷新されていくものですが、ライティングを1灯だけ用いるミニマルなセッティングは、どれだけ時代が移り変わったとしても常に人々の心を惹きつける普遍的なスタイルだと思います。極端な話、結局太陽はひとつしかないですし、人やものを美しく見せる上では、それ以上何も必要がないんです。みんなその境地まで行き着きたくて、1灯ライティングを極めようとする。一番オーソドックスで究極のシンプリシティだから、誰がやっても同じというわけではなくて、そのミニマルな世界に細かいこだわりが凝縮されていくことで、撮る人や撮られる人によって全く違う絵が出来上がります。それはカメラの性能がどれだけ進化しても、絶対に変わることのない価値観だと思います。

 

例えば、リチャード・アヴェドンはそのスタイルを極めたフォトグラファーのひとりですが、彼が活躍した時代から数十年が経った今でも、世界中のフォトグラファーはいまだに彼の背中を追い続けています。彼のシンプルな写真を構成する要素は、「ここはこうでなければいけない」という理由があって、その形になっているはずです。この必要に迫られた理由というものは、本人からしか湧き出てこないものなので、ただ彼のスタイルをトレースして形を似せようとするだけでは、到底オリジナルにかなうわけはありません。多分これは、100年以上細かいディテールが磨かれてきたアクアスキュータムのコートにも、全く同じことが言えると思います。僕がファッションや家具にこだわるようになったのは、自分の趣味嗜好を突き詰めていった時に、「自分はこうじゃなきゃダメだ」っていう、自分だけの理由が出てくるから。それを細かいディテールに落とし込んでいかないと、誰かのスタイルを追いかけているだけではオリジナルには絶対に追いつけないし、当然超えることもできないと思っています。

スーツ、ハット、バルカラーコートと、王道のアイテムをさらりと着こなす長山さん。打ち合わせの時も、撮影でカメラを構えている時も、長山さんのスタイルがブレることはありません。バルカラーコートは若干大きめのサイズを選ぶのが彼のこだわり

Q: 続いていくものと、続かないもの。両者の間にはどんな違いがあると思いますか?

 

不思議なもので、アクアスキュータムのコートやアヴェドンの写真のように、現代には古くから続く普遍的な価値観が数多く存在しますが、例えば2000年代以降に生まれたもののなかで、100年後に残っていくのはどんなものかと考えた時に、あまりこれだというものが思い浮かびません。現代に生まれたものは、いくら利便性に優れていても、すぐに替えが効くものばかり。どの時代でも残っていくものは、ほかでは替えの効かない明らかにトップクオリティのものだけだと思います。ずっと残るものって一見変わっていないようでいて、実は少しずつ変わっているから、いつまでも古くならない。その裏にはもの凄い努力や研究があることは言うまでもありません。反対に変わることができなくて、そのままなくなってしまうものも多い。普遍的な存在に近づく為には変化を恐れていてはダメ。常に新しいことに挑戦し続けるバイタリティが、何よりも大切なんだと思います。

フォトグラファー

長山一樹

ながやま・かずき 1982年神奈川県生まれ。写真専門学校中退後、2001年に麻布スタジオに入社。’04年から守本勝英氏に師事した後、’07年に独立。ファッション誌、広告、カタログなどで幅広く活躍する、日本のクリエイティブシーンを牽引するフォトグラファーのひとり。’18年には、初の個展「ON THE CORNER NYC」を開催。また同年に、自身が長年愛用しているカメラメーカー・ハッセルブラッドのジャパン・ローカルアンバサダーに就任する。Instagram @kazuki_nagayama, @mr_ngym

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