課題を乗り越えていくたびに、
新たな表現の可能性が広がる

Text: SHINGO SANO
Photo: SIO YOSHIDA

アクアスキュータムがブランド誕生から170周年を迎えた今、改めて「続けること」と「続くこと」を考えるインタビュー連載。時代の変化に寄り添いながらも、確固たるアイデンティティを守り、育んできたアクアスキュータム。その価値観に共鳴するクリエイターたちに、「続けること」と「続くこと」の意味を数珠繋ぎに問いかけていきます。今回、参宮橋のイタリアンレストランLIFE sonの相場正一郎さんからバトンを受け取ったのは、相場さんの書籍の装丁も手がけたアーティストの山瀬まゆみさん。数々の人気ブランドとのコラボレーションでも話題の山瀬さんに、自分らしく活動を続ける為の秘訣を聞きました。

Q: LIFE 相場さんの著書『30日のパスタ』や『30日のイタリアン』の装丁を手がけられていますが、その際に相場さんとはどのようなやりとりがありましたか?

 

最初はパスタの本だったので、パスタっていうお題だけありましたが、私は抽象画を描いているから、私の作風を維持しながら、パスタっていう具象を描くことが私には結構難題で、いろいろと試行錯誤をした覚えがあります。今でこそ具象っぽいものも描く機会も増えましたが、相場さんの本はほぼ初の試みっていう感じでした。

Q: 抽象画を描き始めたのはいつ頃からですか?

 

昔に母親がイラストの仕事をしていたこともあって、もともと絵は好きだったんですが、今の感じの絵を描き始めたきっかけは、高校の美術の授業でした。なんでも好きなものを描いて良いという授業で、気ままに抽象的な絵を描いたら先生が気に入ってくれて、褒められると嬉しいじゃないですか。その経験から、どんどん自分でも深掘りしていくようになりました。

 

Q: ほかの生徒はどのような絵を描いていましたか?

 

みんないろんな絵を描いていましたが、あまり抽象っぽい絵を描いている子はいませんでしたね(笑)。アニメっぽい絵とか、メカっぽい絵とか、ユニオンジャックを描いている子もいました。描き終わったら、好きな絵を選んでふたり組になってお互いの絵について質問をし合うという授業もあったんですが、私は最後までペアができなくて……(笑)。結局残ったのが、私と、サイヤ人みたいなキャラを描いた男の子。無理やり「これはなんですか?」みたいなことを聞き合うんですが、全然噛み合わなかったことを覚えています(笑)。でも、その先生がロンドンのチェルシー・カレッジ・オブ・アーツ&デザイン出身で、その影響もあって、私も高校を卒業してから同じ学校でアートを学ぶことにしました。

2022年にリリースした自身初の作品集『Book of…』(Hidden Champion)。編集者としての経験を活かして作り上げた一冊には、細部までこだわりが詰め込まれている

Q: ロンドンには学生時代も含めて8年間滞在されたそうですが、帰国してからどのような活動をされましたか?

 

アーティストとして活動するにも、日本には高校までの友達以外知り合いがほとんどいない状態だったので、最初は何をどうすれば良いのか検討もつかない状況でした。何か資格があるわけでもなく、遊びながら人に出会っていって、通訳の仕事などを紹介してもらえるようになり、そこから翻訳、編集の仕事をいっぱいするようになっていきました。1年間だけ雑誌の編集と翻訳の仕事をやりました。もちろん、アーティストとしてお仕事の依頼をいただくこともありましたが、当時は「アーティストたる者、ホワイトキューブ(白い展示空間)でやるのが当たり前」みたいなスタンダードを持っていたので、まだ商業的な活動をすることに抵抗を持っていて、ほとんどお断りしていました。

山瀬さんのアトリエに並ぶ画材や書籍やDVD。制作活動が進まない時にこの棚に手をつけてしまうと、一日が一瞬のごとく過ぎ去ってしまいそう

Q: 今ではいろんなジャンルとコラボレートしながら、ご自身の個展も成功させるなど、精力的に活動されています。アートと商業の折り合いはどのように見出していかれましたか?

 

地道な活動を続けるなかでいろんな知り合いができていって、信頼できる人たちと少しずつクライアントワークやコラボを始めていったら、だんだん自分らしいやり方が見えていきました。プロジェクトによっていろんなお題が出てきますが、それを大学の課題みたいにとらえてみると、自分らしい答えが出せるようになっていったんです。学校の課題って、次から次へと難しいテーマが出てきて、そのたびに、じゃあ自分だったらこのテーマをどのように表現すべきなのかっていうことを深く考えて、答えを示していくことの繰り返しなんです。

Q: 誰かと関わり合いながら制作していると、新しい刺激を得られるタイプですか?

 

はい。もともとファッションやカルチャーが好きですし、そうやって社会と繋がることで、とても良い刺激が得られます。いろんなクライアントワークをこなしていくなかで、新しい表現方法が見つかることもあります。あるプロジェクトでイラストレーターを使ってみたらすごく便利で、表現の幅が一気に広がりました。これまではキャンバスの上に一枚の絵を描き上げていくスタイルを続けていましたが、別々に描いたパーツをパソコンに取り込んで、イラストレーターで大きさや色を変化させながら組み合わせていけるから、手描きとはひと味違う表現が生まれます。

ゆったりとしたシルエットの気取らない上下に、さらっとトレンチコートを羽織る山瀬さん。「トレンチコートって、なかがどんなにリラックスした服でも、これさえ着ればどこにでも行けるような気がするから、心強いアイテムですよね(笑)」

Q: ロンドンで学生生活を送っていた時の自分や、東京に帰ってきたばかりで不安ばかりな時の自分に、何かメッセージはありますか?

 

この連載のテーマじゃないけど、本当に「続けてください」の一言ですね(笑)。自分の居場所が見つからなかったり、お金がなかったり、いろいろ悩むことはあっても、なんとか諦めずに続けてきたから、次第に道が開かれていった気がします。続ける為には、まず柔軟であることも大切です。帰国したばかりの私みたいに、頑なになっていても物事は始まりません。これが私だって決めつけるのも良くないと思います。自分が本当にやりたいことはなんなのか、その為には何が必要なのか、常にそうやって自分自身と対話して、理解を深めていくことが重要だと思います。

Q: 行き詰まった時にすることはありますか?

 

ロンドンの学生時代は、学校の近くのテート・ブリテンやヘイワード・ギャラリーなどの美術館に行って、いろんなアートを観賞することが好きでした。今もそういうインプットをしに行くことももちろんありますが、もっと人に会ったり、代々木公園をぶらぶらと散歩したり、ランニングしたり、身体を動かしたほうが、頭がクリアになってリフレッシュできるようになってきました。本当に手が進まなくなったら、どれだけアトリエに籠っても何も進みませんからね。そうやってアートと向き合わない時間を作ることも大切です。

Q: ファッションも昔からお好きだったとのことですが、トレンチコートもお好きですか?

 

ファッションは古着屋さんをやっている両親の影響もあって昔から好きでした。トレンチを初めて着たのは、ちょっと早くて高校生の頃です。私服の学校だったので、ちょっと背伸びをしてダブルのトレンチを買ってもらって、今では誰もが一着は持っている定番みたいな感じですが、当時は大人になった感じがしてすごく嬉しかったのを覚えています。その頃も今みたいに、ベースは古着とかストリートっぽい服で、その上からトレンチを着て大人っぽくスタイリングする感じが好きです。

トレンチコートに身を包んで落ち葉の舞う公園を歩いていると、まるでロンドンにいるような気分が味わえる。コートの裾が風に揺れた時に見え隠れするクラブチェックが、様々な色が入り乱れる秋の風景に溶け込んでいく

Q: 今度またイギリスに行ったら、まず何がしたいですか?

 

やっぱりぶらぶらとギャラリーを巡りたいですね。テート、ヘイワード、サーペンタイン、街中にも小さいギャラリーがたくさんありますし。あとはバラ・マーケットとかブロードウェイ・マーケットみたいなマーケット。ご飯を食べたり、コーヒーを飲んだり、パブに行ったり、普通のことがしたいです。

アーティスト

山瀬まゆみ

やませ・まゆみ 1986年東京都生まれ。幼少期をアメリカで過ごし、高校卒業と同時に渡英。ロンドン芸術大学、チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ&デザインにてファインアート学科を専攻。現在は東京を拠点に活動する。2022年には2回の個展を開催したほか、初の作品集『Book of…』(Hidden Champion)をリリースした。ファッションブランドやスポーツブランドなどとのコラボレーションも多数展開。Instagram @zmzm_mayu

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