地域の“毎日”に寄り添う、
レストランという名のカルチャー発信地

Text: SHINGO SANO
Photo: ERI MORIKAWA

アクアスキュータムがブランド誕生から170周年を迎えた今、改めて「続けること」と「続くこと」を考えるインタビュー連載。時代の変化に寄り添いながらも、確固たるアイデンティティを守り、育んできたアクアスキュータム。その価値観に共鳴するクリエイターたちに、「続けること」と「続くこと」の意味を数珠繋ぎに問いかけていきます。今回、インテリアショップ・TRUCK(トラック)の黄瀬徳彦さんからご紹介いただいたのは、参宮橋にあるイタリアンレストランLIFE son(ライフ サン)の相場正一郎さんです。惣菜店を営む両親のことや、イタリア留学のこと、東京の街で長年愛されるお店のつくり方や、もの選びの基準など、いろんな角度から、相場さんの飾らないフィロソフィーに迫りました。

Q: C-4にご登場いただいたTRUCKの黄瀬さんからのご紹介ですが、黄瀬さんとはどういったご関係ですか?

 

黄瀬さんのお仕事やライフスタイルは、もともといろんな雑誌や本で拝見させていただいていたので、最初はいちファンとして、大阪・玉造のお店で自宅用の家具などを購入していました。その流れで、20年前に代々木八幡に一店舗目のLIFEをオープンする時に、お店の什器でもTRUCKのものをいくつか使わせてもらうことにしたんです。LIFEがオープンして間もない頃に、黄瀬さんがお店に遊びに来てくれて、その後、徐々に親しくしていただけるようになりました。黄瀬さんは何でも興味を持つ方で、とにかく行動範囲が広い。いつも気にかけてくれて、僕にとって本当に頼りになる先輩という感じです。

Q: 家具はもともとお好きだったんですか?

 

家具の歴史やデザイナーについてはあまり詳しくないですが、生活空間のなかの大事な要素なので、自分が心地良いと思えるものを選ぶようにはしています。どちらかというと、家具も、洋服も、雑貨もみんな並列で、それぞれマニアっぽく突き詰めたりはしないまでも、感覚的に気に入ったものを選りすぐって集めている感じです。TRUCKのカタログも、家具だけじゃなくて、食事とか、植物とか、犬とか、いろんな要素が詰め込まれた世界観ですよね。僕も生活のなかでは、どれかひとつだけ突き詰めるというよりも、どの要素も同じだけ大切にしたいと思うタイプなので、その点も、黄瀬さんの取り組み方と共感している部分だと思います。

Q: 代々木八幡のLIFEを始められた当初から、フリーペーパーを発行したり、アートの展示会を行ったり、ライブイベントを行ったりと、食事やお酒を提供する以外の活動にも力を入れていると思いますが、その意図は?

 

僕は高校を卒業してから、イタリアのフィレンツェに留学して料理の道に入ったんですが、アーティストとか、ミュージシャンとか、毎日いろんな人が出入りして、その街ならではのカルチャーが色濃く現れるバールという空間が大好きでした。だから日本でも、ただ本場のイタリア料理を完璧に再現して提供するというよりも、そういう文化的な部分も含めて提案していきたかったんです。実際に代々木八幡も参宮橋も、土地柄的に編集者やライター、フォトグラファー、デザイナーなど、いろんなタイプのクリエイターたちが多い場所だったこともあり、お客様や知り合いづてでコミュニティが広がっていき、次第にいろんな情報発信や情報交換ができる場所になっていきました。

LIFE sonの店内にはたくさんの本や雑誌が用意されており、ゆったりとくつろぎながら、様々なジャンルの情報に触れることができる。ひとりで来ても、子連れで来ても、充実した時間が過ごせそうだ

Q: 高校を卒業していきなりイタリアに留学するという選択は、結構勇気がいったのでは?

 

うちの家系は従兄弟も全員留学していて、しかもみんな飲食をやっているので、自然の成り行きというような感じでしたが、自分はあまり留学を楽しみにしていたタイプではないので、最初のほうは結構辛かったですね。カルチャーショックも受けたし、生活習慣や文化にもなかなか馴染めなかったです。まだまだ18歳とかなり幼かったですし、言葉もわからないし、しょうがないんですけどね。

Q: お店の名前もイタリアンっぽくなくて、豊かなライフスタイルをイメージさせますね。LIFEにはそういった意味も込められているんですか?

 

LIFEは、この街で暮らす人たちの生活の一部に入っていきたいと思ってつけたものなので、地域に根差したいろんなカルチャーや情報を横串に刺して発信することで、この街の魅力を再発見していけるようにしたかったんです。代々木八幡も、参宮橋も、東京のど真ん中だけど、ちゃんと生活感が感じられて、近くに大きな公園も、面白いお店も、美味しいお店もたくさんある街です。栃木の実家が惣菜屋ということもあり、地域に溶け込んで、地域の人たちに支えられていくことの大切さは、小さい頃からよく聞かされて育ちました。父親にもLIFEを出店する際に、物件の場所と街の様子を見てもらったんですが、「この場所なら全く問題ない」と、お墨付きをもらいました。

Q: 東京のど真ん中でも、そうやって人と人との距離が近いコミュニケーションがあるんですね。代々木八幡や参宮橋には、そういう地元意識を持ったお店が多いですか?

 

そうですね。周りのお店とも仲良くさせていただいていますが、やっぱり地元を意識している人は多いと思います。東京では、自分の地元でも、どこの誰がやっているのかわからないようなお店がほとんどですよね。意識して地域と繋がっていないと、隣人の名前も知らないことが多いです。僕は田舎から出てきてこの街で暮らし始めて、こういう場所があるとか、こういう人がいるとか、こういうショップがあるとか、自分が知って良かったことは、ほかの人にも伝えたいと思うんです。

多種多様な道具類が雑然と並ぶキッチン。長年使い込まれて黒光りするタークのフライパンやストウブのココット鍋などは、調理をしたあと、そのまま客席へとサーブされる

Q: オープン当初は、ご実家のお惣菜を前菜や付け合わせに使っていたようですね。イタリアンとお惣菜を合わせるスタイルの評判はどうでしたか?

 

最初は普通にイタリアンの付け合わせを出していたんですが、試しにひじきの煮物とか、切り干し大根とか、本当に家庭的なお惣菜を出してみたら、それが以外にも好評で。パスタランチを食べて、惣菜を褒めて帰ってくれるような人がどんどん増えていきました(笑)。代々木八幡の地域にはオフィスもたくさんあるので、近所で働く人たちが、それこそ毎日社食のように使ってくれるようになると、優しい家庭の味みたいなものが、ちょうど良くなるのかもしれません。次第に、惣菜以外にトマトソースやピザ生地なども、実家で作ってもらうようになりました。そういう家族ぐるみの手づくり感も、街のニーズに合っていたのかもしれません。

Q: 代々木八幡のLIFEが20周年、ここ参宮橋のLIFE sonが10周年ということですが、ひとつの節目を迎えるに当たって、何か思うことや、今後の目標などはありますか?

 

周年を記念してイベントをやれば、お客様が来てくれるからお店としては嬉しいことなんですが、僕自身は、あまり意識しないようにしています。周年を祝うことで達成感を味わってしまうと、何かを続けていくモチベーションに影響がありそうだから、なるべくフラットな気持ちでいるようにしています。でも、20年前にLIFE、10年前にLIFE sonという周期ができて、今年になってたまたま、鎌倉の由比ヶ浜通りに新しいお店を作るという流れになったんです。だから目下の目標は、この新店舗をしっかり作ることですね。

Q: 10年ごとに子供や孫世代が生まれていく、まさに人生そのもののようなマイルストーンですね。お店をどんどん増やしていきたいというお気持ちはありますか?

 

どんどん店舗数を増やしていくお店もありますが、僕の場合は一店舗ずつじっくり育てていきたいタイプです。それは今回の新型コロナウイルスの影響で、お店をたたんでしまった知り合いなどを見ても、改めて再確認したことでした。お店は長く続かなきゃいけないものだから、そこらへんの危機感は、人よりも強く持っていると思います。だからいきなり突拍子もない新しいコンセプトでお店を開くこともないし、今後は全国に展開をしていく気もありません。街の雰囲気やライフスタイルに溶け込んで、地元と長く向き合っていけるようなお店が理想です。

希少なクラシックカメラを中心に、様々なタイプのカメラを愛用している相場さん。フリーペーパーなどを製作する際には、自身で撮影に当たることも多いそう

Q: ご自身のもの選びに関しても、その都度新作を買うというよりも、長年使えるようなものを選ぶタイプですか?

 

はい。日本では若者も高級ブランドのバッグを持っていたりしますが、ヨーロッパでは、世代ごとのファッションが確立しています。だから僕も留学していた20代の頃には、大人になったら、僕もこういうものを買って、大事に使っていきたいなっていう憧れを持っていました。毎シーズン高級な新作を買い換えるよりも、飽きのこない上質なものを買って、メンテナンスしながら長く愛用していくことのほうが、手間も時間もかかるけど、よっぽど豊かだと思うんです。調理器具もル・クルーゼやストウブのココット鍋とか、タークのフライパンとか、昔から変わらないタイムレスなデザインで、ずっと使えるものが好みです。

Q: 今日はアクアスキュータムのステンカラーコートを着用されましたが、こういったタイプのコートは好きなほうですか?

 

コートはこのぐらいの丈のものをいくつか愛用していて、トレンチコート以外でも、ワックスやゴム引きのような、撥水性の高いものを選ぶことが多いです。僕はイタリアに住んでいましたが、軽く華やかなイタリアのブランドよりも、質実剛健なイギリスの老舗ブランドのほうが、なんだか好みに合うんです。このステンカラーコートも、作りがしっかりしている上に、毎日着ても飽きのこないシンプルなデザインで、長年根強いファンに愛され続けている理由にもうなずけます。

ステンカラーコートをいつものデニムパンツとブーツに合わせた相場さん。もともとタイムレスなデザインのものを愛用する彼のスタイルに、クラシックなコートはすんなりと馴染む

イタリアンレストラン オーナーシェフ

相場正一郎

あいば・しょういちろう 1975年栃木県生まれ。’94年に高校を卒業と同時に単身イタリア・フィレンツェへと旅立ち、料理の修行に励む。帰国後すぐに、渋谷のイタリアンレストラン・バンビーノのシェフとして活躍。2003年に独立し、代々木八幡にイタリアンレストラン・LIFEをオープン。現在は全国で5店舗のレストランを運営。著書に『道具と料理』『30日のイタリアン』(ともにmille books)など多数。Instagram @aiba.shoichiro

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