東京で今も続ける、インディペンデントな雑誌作り

Text: SHINGO SANO
Photo: RYOSUKE YUASA

アクアスキュータムがブランド誕生から170周年を迎えた今、改めて「続けること」と「続くこと」を考えるインタビュー連載。時代の変化に寄り添いながらも、確固たるアイデンティティを守り、育んできたアクアスキュータム。その価値観に共鳴するクリエイターたちに、「続けること」と「続くこと」の意味を数珠繋ぎに問いかけていきます。今回、アーティストの山瀬まゆみさんからバトンを受け取ったのは、東京を拠点に雑誌『THE NEW ORDER』と『her.』を手がけるジェームズ・オリヴァーさん。常にインディペンデントな姿勢を貫きながら、世界から注目されるクリエイティブを発信し続けるジェームズさんに、雑誌作りのモットーを聞きました。

Q: 山瀬さんからご紹介いただきましたが、山瀬さんとは雑誌でのお仕事の繋がりですか?

 

山瀬さんがナイキとコラボした時に、『her.』で彼女を表紙に起用したことがあります。でももともとは友達繋がりですね。お互い代々木上原界隈が生活エリアなので、たまに近所のパブでご飯を食べたりしています。代々木上原には好きな店がたくさんあって、この駅前の居酒屋・ジャンプもそのひとつです。最近はどこに行っても外国人が多くて、こういう日本らしい雰囲気を楽しめる場所が少なくなりましたよね。居酒屋のほかには銭湯とサウナも好きで、代々木上原なら大黒湯がおすすめ。昭和のレトロな感じがそのまま残っていて面白いですよ。

Q: 世界的に注目度の高い『THE NEW ORDER』ですが、編集作業も代々木上原でやっているんですか?

 

外に事務所を構えていた時もありますが、コロナ以降は自宅で仕事をしています。仕事で一緒になるクリエイターたちもみんなプライベートで繋がっているメンバーなので、仕事とプライベートの区別はあまりないほうだと思います。僕は編集っていう仕事を誰かから学んだことはないので、今からどこかの編集部に入って編集をやれって言われても、全然やり方がわからないと思いますよ。たぶん僕は編集者っていうよりも、クリエイティブディレクターに近いと思います。でも今やっている仕事のなかで一番面白いのは、写真かもしれないですね。

Q: そもそも日本を拠点に選んだ理由はなんだったんですか?

 

僕は17歳から21歳までプロのサッカー選手としてオーストラリアのリーグでプレイしていましたが、’07年に日本に来ました。日本でもFC相模原でセミプロになりましたが、1年ぐらいで怪我をしてしまったので、そこからはコーチとして子供たちにサッカーを教えていました。そんな時に雑誌を作ろうと思い立って、2ヵ月ぐらいで作り上げたのが2009年に出した『THE NEW ORDER』第1号。そのまま2号、3号と続けている内に、気が付いたら13年経っていました(笑)。

日本人でも尻込みしてしまいそうな、ディープな雰囲気漂う居酒屋・ジャンプで取材に応じたジェームズ・オリヴァーさん。代々木上原と聞くとお洒落な高級住宅街を思い浮かべるが、ジェームズさんについて行くと全く違った街の表情が見えてくる

Q: 2009年頃というと、すでに日本では紙の雑誌からオンラインメディアに意識が向き始め、休刊になるような雑誌が増えていた時代です。紙の雑誌にこだわった理由はなんですか?

 

こだわったというよりも、単純に10代の頃から紙の雑誌を見て育ったし、その影響からファッションとかカルチャーを好きになった世代なので、カッコいいことをやりたいと思った時に、紙の雑誌を作ろうと思うのは自然な流れでした。もともとニュージーランドにいた時も、兄と一緒に『SLAMXHYPE』というオンラインメディアを運営していたこともあり、編集の仕事は好きなんです。でも兄とはメディア作りに対する考え方が合わなくてケンカ別れしたので、ひとりで好きなように作ったのが『THE NEW ORDER』です。たまに、日本はまだ紙の雑誌が売れているって驚かれることがあるけど、海外も最近は紙への関心がどんどん高まっているように思います。オンラインももちろん大事だけど、やっぱり僕は、紙の雑誌を作り続けていきたいんです。

スケボーに熱中した少年時代はアメリカや日本のストリートブランドを、プロのサッカー選手時代にはコレクションブランドをよく着ていたというジェームズさんだが、今の好みは、着ていて楽で、機能性に優れたもの

Q: ひとりで雑誌を作り続けているそうですが、毎号どのようにコンテンツを決めているのですか?

 

ひとりといっても、フォトグラファーとかスタイリストとか、いろんなクリエイターたちと一緒に作っていますからね。みんなにアイデアを出してもらったり、自分が気になっている人を繋いでもらったりしながら、毎号のアイデアやコンテンツを詰めています。カバーや中面で取り上げるアーティストやクリエイターたちも、知り合いづてで面白い人を教えてもらうことが多いです。特にフォトグラファーのKenneth CappelloやMagnus Unnarは毎週のように連絡をくれて、表紙に起用できそうな人選を提案してくれます。

ジェームズさんが手がける『THE NEW ORDER』と『her.』のバックナンバー。世界中の高感度なブックショップやセレクトショップで取り扱われている

Q: それにしても、『THE NEW ORDER』でも『her.』でも、坂本龍一、オアシスのリアム・ギャラガー、エイサップ・ロッキー、ビリー・アイリッシュと、ビッグネームも数多くキャスティングされていますよね。

 

もちろん、正攻法でマネジメントに交渉してブッキングすることもありますが、最近ではアーティストサイドからアプローチをもらうことも多いです。この前もハリウッド女優のエージェントから連絡がきて、本人が『THE NEW ORDER』に出たがっているから、表紙で起用できないかと打診がきたんです。もちろんやりたかったんですが、コロナで実現することが難しくなってしまったので、それは今でも心残りです。リアムはレコード会社からのオファーがあって実現したキャスティングで、僕自身が撮影しました。お互いサッカーと音楽が好きで、なおかつ兄貴と仲が悪いっていう共通点があるから、わりとすぐに意気投合できたかな(笑)。

Q: ビッグネームだけではなく、ほかの雑誌の表紙ではみられないような、気鋭クリエイターの顔も並びます。表紙に起用する人物の選定はどのような基準でされていますか?

 

ビッグネームだからっていう考え方ではなくて、有名、無名にかかわらず、その時に一番面白いと思える人を起用しているイメージです。『her.』ではビリー・アイリッシュも表紙を飾りましたが、それはまだ彼女がデビューアルバムを出す前のことで、今のように世界的に有名なスターではありませんでした。本当は人気が爆発してからカバーにするほうが雑誌も売れるだろうし、広告もたくさん入ってくるんだろうけど、それでは全然面白くない。たぶん『THE NEW ORDER』や『her.』は流行ばかりを追い求めていたら、ここまで長続きしていなかったと思います。日本は特に、流行のサイクルがものすごく早いですよね。全部のお店がタピオカ屋になったと思ったら、それも数年後には忘れられてしまいます。だから僕は流行よりも、自分らしさや面白さのような、変わらない価値観を優先しています。

Q: こだわりの雑誌作りを13年間続けてきましたが、今ほかに気になっていること、将来やりたいことは何かありますか?

 

僕は料理が好きだから、今は飲食にも興味があるんです。例えば、ニュージーランドではポピュラーなパイ料理が日本には全然ないから、そういうお店をやってみたいなって考えたりしています。ステーキ&チーズパイとか、ポテトトップパイとか、ニュージーランド人のソウルフードを気軽に食べられたら良いのになって。将来は、ニュージーランドで牧場をやるっていう夢もあります。まだ何の動物を飼育するかわからないけど、自然のなかで、動物たちと過ごす生活に憧れています。

居酒屋・ジャンプを出て近所を散歩していると、近くの公園で恐竜の滑り台を発見。すかさずお決まりのポーズでおどけるジェームズさん

Q: 今日はアクアスキュータムのトレンチコートを着てローカルの代々木上原エリアを紹介していただきましたが、アクアスキュータムに対してどのようなイメージを持っていますか?

 

ニュージーランド人としては、アクアスキュータムが開発した素材のウェアを着て人類で初めてエベレスト登頂を果たした、ニュージーランド出身の登山家エドモンド・ヒラリーを思い浮かべます。だから素材や機能性に関しての信頼度はとても高いです。僕は普段アウトドア系のアイテムを着ることが多いのですが、現代のハイテク素材を用いたアウトドアウェアも、もとを辿ればエドモンド・ヒラリーが着ていたウェアに通じていると思うので、そう考えるとトレンチコートにも親近感が芽生えます。この前、子供の小学校の行事に出る時の為に、38歳で初めてのスーツを買ったんです。でも寒い時にスーツの上にアウトドアのダウンジャケットを着るのもあまりカッコ良くないから、そんな時はトレンチコートでカッコ良く着こなしたいですね。

アクアスキュータムが開発した素材のウェアを着て、人類で初めてエベレストを登頂したエドモンド・ヒラリーの話に感化されたのか、滑り台に登って満面の笑みを浮かべるジェームズさん

クリエイティブディレクター

ジェームズ・オリヴァー

1982年ニュージーランド・オークランド生まれ。サッカーに明け暮れた10代の頃から、イギリスの『THE FACE』や『i-D』を始め、日本の『HUgE』や『Boon』などの雑誌を愛読。プロサッカー選手を経て、2007年に来日。サッカーのコーチをして生活費を稼ぎながら、’09年に雑誌『THE NEW ORDER』を創刊。後に『her.』も創刊し、両誌ともに世界的な評価を獲得する。Instagram @jamesoliver_tno

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