料理することに支えられて、生み出す料理が誰かを支えていく

Text: MIKI SUKA
Photo: JUN OKADA(BE NATURAL)

アクアスキュータムがブランド誕生から170周年を迎えた今、改めて「続けること」と「続くこと」を考えるインタビュー連載。時代の変化に寄り添いながらも、確固たるアイデンティティを守り、育んできたアクアスキュータム。その価値観に共鳴するクリエイターたちに、「続けること」と「続くこと」の意味を数珠繋ぎに問いかけていきます。今回、着物専門店・銀座もとじの店長、泉二啓太さんにご紹介いただいたのは、料理家としてレストラン・HITOTEMAを主宰する谷尻直子さん。ご自身のバックグラウンドから、お料理への向き合い方、そして直子さんが思い描く未来について、聞きました。

Q: 銀座もとじの啓太さんのご紹介ですが、啓太さんとは昔からのお友達ですか?

 

啓太さんは、私のファッション時代にお会いしました。私が今の食の仕事をする前までは、スタイリストの仕事をしたり、その後にブランドに携わったり、さらにはファッション関係のプランナーの仕事をしたりしていました。すべての仕事がピボット式で繋がりながら転換していったのですが、啓太さんはそのプランナーの時にお会いしたんです。

 

Q: そうでした。直子さんは、もともとファッションの世界にいた方でしたね。当時は、ファッションが独特の空気で盛り上がっていた時代ですよね。

 

本当に。あの時はパーティーも多かったし、そこで面白い人と会う機会がたくさんありました。ショーも今よりたくさんあったし、社交界のような集まりがいっぱいあった時代です。ゲスト側としていろんな経験をしてきたので、今は当時の経験を血肉にしている部分はかなりあるかも。

Q: お料理を始めたのはいつからなんですか?

 

仕事として料理を生業にしたのは、結婚してからなんです。でも、料理そのものを始めたのは、もう小学生の低学年くらい。私は未熟児で生まれたこともあって、幼少期は身体がとても弱かったので、外で遊んでもすぐに気持ち悪くなっちゃうような子供でした。人と約束しても具合が悪くなって行けないし、そんな自分が悔しくて、嫌だなといつも思っていたんです。そうすると、だんだん家にいることのほうが多くなって。いつも台所で、料理をする母にくっついていました。その時間が今の原点。次第に自分でクッキーとかスコーンとか、簡単なお菓子を作り始めるようになったんです。

Q: お菓子やお料理を作ることの喜びを感じたのも、その幼少期からなんですか?

 

うちは家族8人で、祖父母、父母、それから4人兄妹。さらに猫4匹という大所帯だったので、お菓子を作るとみんなが喜んでくれたんですね。小さくていつも自信のない子供だったんですけど、だんだん料理が生き甲斐になっていって、料理をすることだけが楽しみになっていきました。自分に自信がつくという、メンタル面を支えてくれていたのも料理だったかもしれません。

 

そんなところからスタートして、スタイリストになった時も人を招いて、腕を振うようになりました。スタイリストは体力勝負なところがありますから、お菓子作りからだんだん健康的な料理へ、トータルで体づくりを支える為の料理へと自然とシフトしていったんです。

Q: お料理することは自分の心を保つ為の、直子さんにとってのモチベーションなのですね?

 

本当にそうですね。お料理そのものは、私にとってメディテーション的なものです。今はこうしてお客さんに料理を作っているので、誰かの為に作る時は、発表会みたいな気持ちになります。

 

Q: メディテーションとして自分自身に作る時って、どんな料理なんですか?

 

ひたすら野菜を細かく切ると落ち着くので、例えば「きんぴら」とか。あと、豆をやたら煮ますね(笑)。黒豆煮たり、大豆煮たり、あずきを煮たり。そうやってできる料理は本当に地味なので、お客様には出せないんですけど。

ファッションの仕事をしていた直子さんは、自身が纏うアイテムもナチュラルで上質な素材選びが光っている。TPOを意識し良いものを着るという大切さは、ヨーロッパ滞在中に学んだという

Q: 外に開いていくファッションの世界に対して、お料理って自分と向き合う時間が多いような気がしますが、共通点を感じたりもしますか?

 

ファッションの時は、ブーツやらスニーカーやらすごい荷物を担いで現場に行っていましたから、料理家になったら重い荷物は持たなくてよくなるかなって思ったんですけど、全然。ブーツが大根に変わっただけでした(笑)。お料理も、一歩ずつ内側でただひたすら地味に作り上げていく作業の後には、作り上げたものをお客様に披露したり、写真やレシピに残したりして発信していかなくてはならないと思っています。ファッションと同じく、「組む」っていうことも一緒。ワインや日本酒と組むとか、お料理をお客さんに合わせて組んでいく作業は、スタイリングに似ていると思うことがあります。

 

Q: 確かに、お料理だってコーディネートですものね。

 

そうなんですよ! 料理をたどれば、野菜の生産者さんや狩猟してくださる猟師さんたちがいる。ファッションで言うなら、それがメゾンになるわけです。例えば役者さんだったら、用意した衣装を着てもらって出演することでその人がより良くなるような状態に導くのが仕事なわけです。料理も、合わせやすく調理して、どんなふうにその人にフィットさせていこうか、どうやったらその人の笑顔を作ったり、その人が良い明日を迎えられたりできるのかなと、日々考えています。

左:欠けてしまった器は、自ら金継ぎを施して使い続けている。外国人のゲストには金継ぎの器が好評だという。右:和食の基本である出汁を引く為の素材

Q: HITOTEMAのスタートを後押ししたのは、建築家であるご主人だったとか?

 

主人から、「こんなに人がしょっちゅう来て、直子のご飯をうまいうまいって言って帰ってくなら、お店をやったら?」って言われたんです。私としては、自分のお店を持つなんて微塵も思ってなかったんですが。ただ、当時妊娠中で、プランナーの仕事をこの調子で続けられるかという不安もありましたから、それならば自分でやっちゃえ! と思い切って舵を切りました。

 

Q: 妊娠中のスタートだったとは! ご主人のサポートがあったとはいえ、大変だったのでは?

 

HITOTEMAの開業は、出産直後でした。赤ちゃんは泣いているし、3時間おきにおっぱいをあげなくちゃいけないし、でもお客さんは数時間後に来てしまう〜! みたいにいつも焦っていました。子供を預けに行った先で私が寝ちゃったりもありましたし、子育て支援センターの前で疲れ果てて倒れちゃったことも。当時は、中島みゆきの歌が似合うような壮絶な情景だったと思いますよ(笑)。

 

Q: そんな背景があったとは。今はようやく俯瞰で見られるようになってきたのでは?

 

そうですね。その頃はひとりで回していたので本当に大変でした。今は週1ペースのオープンで、さらにスタッフもたくさん手伝いに来てくれるので、ペースも掴めました。

Q: HITOTEMAで出されるお料理は、家庭料理をベースにした現代の「母の料理」だそうですね。そのなかでも、特に大切にしていることはどんなことですか?

 

伝統を重んじる出汁をちゃんと引くことです。椎茸、昆布、鰹節など、日本にはいろんな種類の出汁があって、定番以外にも切干しや炒り粉や鯛、穴子の骨を焼いたものなどで出汁を取ります。そういう、もったいない精神と美味しさが両立したものが、日本の家庭料理の伝統でもあるので、それを引き継ぎたい思いがあります。それと同時に、次世代にも伝えていくという意味で、スパイスにも注目しています。

 

日本古来のスパイスとしては、山椒やわさび、しょうがなどがありますが、レストランでは、レモングラスやローズマリー、ゼラニウム、レモンバームやセージなど、西洋の養生をテーマにしたスパイスも植物療法としてお茶にしたり、挽肉に刻んで混ぜて焼いたりしてレシピに落とし込んでいます。そんなふうに、お店という場所を使って、現代と未来を繋いでいくプレゼンテーションのようなものができたらなって思っているんです。

レストランで出される料理から自宅の朝食まで、直子さんはイラスト入りの手書きで丁寧にレシピを残している

Q: HITOTEMAは、手間をかけるんじゃなくて、ひと手間しかかけないっていう意味だそうですね。

 

例えば女性でもメーキャップし過ぎているよりも、素のその人らしさを生かしているほうが絶対素敵だと思うのと同じで、カブだって大根だって、そんなにメーキャップされたくないだろうなという考えです。お客様側も、なんだかわからないけど美味しかった、というよりも、カブが美味しかった、と言いたいと思うんですよ。

静けさが心地良いHITOTEMAのカウンター席。直子さんやスタッフが、目の前でしなやかな動きで調理をする様子にも感動する

Q: 現在は、週1度のオープンでゲストはどれぐらい入れるんですか?

 

お店は、一回転の時は12名様を基本としてやっています。最大で16名の回もありました。

 

Q: 週1とはいえその人数抱えるのは、大変な仕事ですね。

 

そうですね。9品の料理をお出しするので、10人でも90皿は必要ですから、そう考えるとすごい数ですね。気持ち的にもマックスでやっています(笑)。それでも、やっぱり残っていることには理由があると思いたいです。週1しかやらない店なら、なくても良いものかもしれないんだけど、なぜ私たちの店を選んでくださるのかをきちんと受け止めたい。その日の健康じゃなくて、その人の1週間後をちゃんと見直せるとか。来ていただけるのには、きっと何か理由があるはずだから、その理由をちゃんと作りたいなって思っています。

Q: 妊娠中にスタートされて、直子さんはずっと走り続けているのですね。何がそうさせるのですか?

 

私もそう思っているんですよ、何が私をこんなにも走らせるのかって……(笑)。でも私、高校生の時の洋服屋さんのアルバイトからずっと、仕事を辞めたことがないんです。中学時代は痩せていて引っ込み思案でいじめられキャラ満載だったんですが、働くことで変わっていく自分がいましたし、その後も留学がしたい一心で、宅配便のハードな仕事も夢中になってしていました。

 

Q: 留学先はどこに?

 

宅配便の仕分けの仕事やアパレルショップの掛け持ちでお金を貯めて、21歳の時にロンドンに行きました。貧乏旅行ですが、家賃の安いところを探せばなんとかなるかなと計算して。ロンドンでは、アクアスキュータムはみんなの憧れのブランドでした。私はトレンチコートが大好きでしたから、いつか着たいと思っていたブランドのひとつです。

Q: 働き続けながら徐々にバージョンアップして、全く違う人生を切り開いていますね。その為に意識していることはありますか?

 

もしかしたら、野生的な何かが突き動かしているのかなとも思います。そういう感覚は、もっともっと強化したくって、なるべく自然の場所に行く行為を、あえてしたりしています。冬は雪山、夏は海に行って遊ぶ! もっともっと野生力をつけたいですから。

Q: 10年後、こういう自分でいたいという目標はありますか?

 

もちろん、明確にあります。私は、いつも思い付いた時に紙に書き出すようにしているんです。目標を確実に実現させたいので、これからやりたいことと、それと今現在行っていることを並列に比較しながら書き出します。

 

そのなかのひとつの夢は、シェフズ・イン・レジデンスを作ること。例えば、遠方のシェフを呼んで、料理を振る舞ってもらい、そのシェフがその場で寝泊まりできるような場所です。昨年は、かのNOMAが京都に来ましたよね。エースホテルは厨房もあって宿泊もできるからです。世界中のシェフたちが滞在をしながらその地域の人たちに料理を振る舞うことができるような、もっと規模の小さいレジデンスを作れたらと思っています。私の外国かぶれな性格も生かされるような気もするし(笑)。

 

もうひとつは、子供たちの未来の就職先を作り出すこと。今も、ファミリーホームと呼ばれる小規模の児童養護施設に時々通っているのですが、料理を作ったり味噌作りやフードイラストを教えています。私自身はたまたま両親が私を成人まで育ててくれましたが、世の中には、それが叶わない子供たちも沢山います。様々な理由で家庭環境を失ってしまった子供たちが幼稚園から高校生まで過ごすことのできる家なのですが、高校生以降は自分で暮らすか就職をしなくてはいけません。そんな時、料理がその就職のひとつのきっかけになれば良いなと思っているので、もっと支援ができたらと思っています。

 

あとは、50歳になったら陶芸の修行に出ること。5年修行をして、55歳くらいでデビューできたら、というのも目標ですね。

Q: 素晴らしい活動ばかりですね。こうやって自分で書き出してビジュアライズすることは、昔からやっているのですか?

 

私、メモ癖があって。自分の未来を書き出すことは、実はしょっちゅうやることなんです。メニューもスケッチを添えて細かく書き出すし、スタッフの時給もすべて手書きで書くんです。料理に関しては、描き溜めたものをスクラップしたものがもう何冊も溜まっています。私にとって書き出すことは、自分を見直すことでもあるんですよね。自分自身を導いていくことに繋がると思っているんです。あ、こうして自分で自分を走らせているんですね、私(笑)。

どんなファッションもハンサムに仕上げてくれるトレンチコートは、直子さんのお気に入りアイテムのひとつ。「私の憧れでもある、颯爽と生きる外国映画の女優になりきれるアイテムです」

料理家・HITOTEMA主宰

谷尻直子

たにじり・なおこ ファッション業界を経て、料理家に転身。2014年、“現代版のお袋の味”をコンセプトに予約制レストラン・HITOTEMAをスタート。ベジタリアンだった経験や、8人家族で育った経験を活かし、お酒や手作りのノンアルコールワインなどに合うコース料理を提案する。書籍に、『HITOTEMAのひとてま』、『HITOTEMAのひとてま第二幕』(ともに主婦の友社)がある。レストランを運営しながら、食やライフスタイルに関わるプロジェクトも続けている。Instagram @naokotanijiri, @hitotema_shibuya

RECOMMENDED ITEMS

CONTINUE