キャリア40年、
トップスタイリストの自分勝手な日々

Text: SHINGO SANO
Photo: JUNJI HIROSE

アクアスキュータムがブランド誕生から170周年を迎えた今、改めて「続けること」と「続くこと」を考えるインタビュー連載。時代の変化に寄り添いながらも、確固たるアイデンティティを守り、育んできたアクアスキュータム。その価値観に共鳴するクリエイターたちに、「続けること」と「続くこと」の意味を数珠繋ぎに問いかけていきます。今回、スタイリストの馬場圭介さんからバトンを受け取ったのは、同じく日本を代表するトップスタイリストのひとりであり、馬場さんの師匠でもある大久保篤志さん。キャリア40周年を迎えた今もなお、日々全力で走り続ける大久保さんに、長く仕事を続けていく上での心構えを聞きました。

Q: ついにキャリア40年という大台に乗られましたが、これまでの長いスタイリスト人生を振り返ってみて、今、何か思うところはありますか?

 

40周年っていうけど、特別長いっていう感覚はありませんよ。気付いたら40年っていう感じかな。まだまだやり足りない感じもあるし(笑)。今年で67歳だから、とにかく70歳まではやってみようと思っています。今日なんかも久しぶりにトレンチコートを着てみたら、改めてまたこのスタイルを研究してみたくなっちゃうし。なかに合わせるアイテムとか、前を開けて着るのと、閉めて着る時の違いとか。俺がやってるThe StylistJapan(ザ・スタイリストジャパン)っていうブランドでもテーラードのセットアップを多く扱っているけど、こういうベーシックなものって、合わせ方で全然印象が変わるでしょ。いつまでも変わらない普遍だからこそ、塗り絵みたいに自分なりに着こなすっていう楽しみがある。どんなに時代が流れても、都度都度の気分でいろんな合わせ方ができる。

俺の世代だと、トレンチはスーツに合わせるものっていうイメージがあるけど、タートルネックと合わせても良いですよね。でもやっぱり、トレンチはなるべく雨の日に着たいかな。傘じゃなくてね。こうやって、いまだにいろいろやりたいことが出てくるし、そういう好奇心を追いかけ続けてきたら、気付けば40年という感じかな(笑)。

Q: その好奇心に向き合うことを楽しめているからこそ、40年もフルスロットルで走ってこれたのかもしれませんね。ファッション以外でも好奇心は豊富なタイプですか?

 

そうかもしれないですね。音楽もひとつのジャンルにこだわるんじゃなくていろんなものを聴くし、ラジオも好きだからずっと流していると、必ず新しい出合いがあるでしょ。まだまだ知らないことばかりだし、ひとつ知れば、またそこから世界が広がっていく。あとは今よりも解像度の高いスピーカーにしたいとか、もっと良いオーディオにしたいとか、そういう楽しみは尽きないですよ。ちょっとファッションに近いけど、髪型だってそう。67年生きてきて、今一番髪が長い状態なんです。以前はずっと坊主頭で通していましたが、中高生の時に憧れたロックミュージシャンはみんな長髪だったこともあり、一回長髪にしてみたかったっていう単純な気持ちで、急に伸ばしてみたんです。そうしたら着る服も変わってくるんじゃないかと思って。自分が毎日どんな格好をしようかとか、何を着ようとか、そういう気持ちが無くなったら、それこそおしまいだと思っています。

神宮前にある大久保さんの事務所の一角には、長年収集してきたレコードがずらりと並ぶ。この日はスタイル・カウンシル「カフェ・ブリュ」に針を落とし、「やっぱり今聴いてもカッコいいねぇ」と噛み締める。着用しているセットアップは、The StylistJapanの新作

Q: 誰しも仕事を続けていると、どこかで大きなミスや失敗に直面する場面も出てくると思います。大久保さんも、失敗したり、落ち込んだりしてきましたか?

 

もちろん! いろいろ失敗もしてきたし、いろんな人に迷惑もかけてきたし、よく干されずに40年もやってこれたなって、自分が一番感心していますよ(笑)。さっきの坊主頭になったのも、大事な仕事の現場に遅刻してしまって、けじめで頭を丸めたのがそもそものきっかけですから。失敗したり、ミスをしたら、その時はすごい落ち込んだりするけど、いつまでもクヨクヨしないっていうのは、これまで続けられてきた秘訣かもしれませんね。

大久保さんのスタイルに欠かせない重要なアイテムのひとつが、ハットやキャップなどの被りもの。事務所の棚やラックには、数え切れないほどの衣装やアクセサリーが保管されている

Q: スタイリストさんはテレビ、雑誌、広告と、毎日全く違う現場でお仕事をしているイメージですが、そのなかでも大久保さんが続けているルーティンみたいなものはありますか?

 

仕事の現場の都合で不規則になることもありますが、基本的には、毎日同じタイムテーブルで動いていますよ。俺はずっと原宿のマンション暮らしで、寝る時にカーテンを閉めないタイプだから、朝はだいたい日の出とともに起きますね。冬場なら7時頃。夏場なら6時とか。起きたらお風呂に入って、りんごとかフルーツを食べて、コーヒーを飲んでから、身支度をして神宮前にある事務所に行きます。 昼は、事務所にいるメンバーと、近くで買ってきた弁当を食べることが多いですね。夜は会食とかの予定がなければ早く帰って、簡単に食べて、あとはNetflix(笑)。海外ドラマばかりをずっと観ていますよ。

土曜日は、朝8:45から恵比寿にあるキックボクシングジムで思いっきり汗を流します。業界の人も多いジムで、もう12年通っています。その後はスポーツマッサージに行って、それが終わったらCoCo壱、富士そば、吉野家あたりで昼飯を食べます。CoCo壱はなんだかんだトッピングしていくと、軽く¥1,000を超えちゃうところが問題だけどね(笑)。

カラフルなイメージビジュアルは、毎シーズンのテーマに合わせてイラストレーターの飯田 淳氏が描き下ろしており、このイラストがそのままニットやバンダナのプリントにも使われる。2006年に立ち上げたブランドも、今年で創設16年。ファッションの楽しさを実感できるこだわりの詰まった物づくりに、根強いファンが増え続けている

Q: 勝手なイメージだと、トップスタイリストはもっとお洒落で高級なお店でランチするものだとばかり思っていました(笑)。お気に入りのトッピングはありますか?

 

豚しゃぶとほうれん草とか、シーフードカレーにカキフライ2個とか、絶妙に合うワケ。待たずに食べられるのもいいんですよね。それで、スタバでコーヒーを買って帰宅して、SpotifyとかインターFMを聴きながら寝落ちするワケですよ。それが最高なんだよね(笑)。それで日曜日は、朝起きたらまず洗濯と掃除。日曜はインターFMで好きな番組が続くから、一日中かけてますね。特に好きなのが、昼間にやってるジョージ・カックルさんがDJの『LAZY SUNDAY』と、18時から始まるピーター・バラカンさんの『Barakan Beat』。ふたりとも世代が近いこともあって、選曲がいちいちツボを突いてくるんですよ。それを聴きながら家事をするのが、日曜日のルーティンですかね。

それで天気が良ければ夕方になるとマジックアワーになって、窓からきれいな夕陽と富士山が見える。その頃には家事も一段落しているから、ポテトチップスをつまみにビールを飲んで、ひたすらぼ〜〜っとするんです。それでまた、Netflix。幸せだよー(笑)。そういう時間は誰にも邪魔されたくないから、「絶対電話なんかかけてくるなよ」っていつも思ってます。結局ずっとそんなだから、たとえ女性と親しくなれそうな流れになったとしても、自分のルーティンを崩せずに、すぐダメになっちゃうんです。こっちはリラックスしてるのに、「どこか行こう」とか始まったら困っちゃいますから。つくづく、自分勝手だと思いますよ(笑)。

大久保さんの事務所には、観葉植物や花々も多い。大久保さんは自宅でも、「香りが良いから」という理由でユリの花を欠かさないのだという。ユリは青山の紀伊國屋で定期的に購入し、毎日水を変えているそう

Q: どれだけキャリアを積まれても、仕事の幅は狭くなるどころか、どんどん広がっているように見えます。それを実現させているのは、やはり好奇心なんでしょうか?

 

確かに、木梨憲武さん、中井貴一さん、市川海老蔵さん、田中将大さん、葉加瀬太郎さん、ちょっと考えただけでも、担当させていただいている方たちは、みんなスタイルもサイズも全然違いますからね。当然、成功パターンみたいなものを当てはめることはできないから、毎回お題に対して必死で答えを探している感じはあります。むしろそこが楽しさでもあるし、やりがいでもある。みなさん各界の第一線で活躍されているスターですから、その人柄や仕事に対する姿勢から刺激を受けている部分も大きいです。そんな人たちの洋服を任せていただけるなんてこの上ない名誉ですよね。それに恥じない仕事をしなきゃって、いつも身が引き締まる思いです。

事務所の一角にあるThe StylistJapanのショールーム。カラフルな柄物のアイテムが多く、どれも一見派手に見えるが、大久保さんが着用しているところを想像してみると、妙に合点がいくから不思議だ

Q: どなたも日本を代表するスターばかりですが、大久保さんは誰にでも自然体で接していて、誰からも好かれている印象です。人に好かれるご自身の魅力は何だと思いますか?

 

そういうことを意識せずに、自然体でいることが一番だと思いますけどね。この人の懐に入らなきゃとか、この人で一儲けしてやろうとか、打算みたいなものが一切ないから、変に身構えさせたりしないんじゃないですかね。あと、求められていることに対して、常に100%で応えたいっていう気持ちは、いつまでたっても全く変わりません。何かオーダーを受けたら、これぐらいでいいんじゃない? っていう仕事ではなくて、毎回全力のものを持って行かないと。手を抜いていたら、相手もわかりますよ。だからすべての現場にベストな状態で挑む為にも、やっぱり仕事と生活のバランスを整える、日頃のルーティンが欠かせないんだと思います。

 

「トレンチコートはやっぱりスーツの上に着たいよね」と語る大久保さんは、サーモンピンクのチェック柄セットアップをタイドアップしてスタイリング。クラシックなトレンチコートをビタミンカラーで陽気にブラッシュアップして、足下はスニーカーで軽快に着崩した

スタイリスト

大久保篤志

おおくぼ・あつし 1955年、北海道生まれ。’75年に上京し、文化服装学院などを経てオンワード樫山に契約社員として入社。退職後、雑誌『POPEYE』、『anan』編集部を経て、’81年にフリーのスタイリストとして独立。以来雑誌、広告、テレビと幅広いフィールドで活躍しながら、俳優、ミュージシャン、アスリート、文化人など、トップスターたちのスタイリングを担当する。2006年にThe StylistJapanを設立。Instagram @okubomegane

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