根底に気高さと気品を湛える、
UKカルチャーのタイムレスな魅力

Text: SHINGO SANO
Photo: JUNJI HIROSE

アクアスキュータムがブランド誕生から170周年を迎えた今、改めて「続けること」と「続くこと」を考えるインタビュー連載。時代の変化に寄り添いながらも、確固たるアイデンティティを守り育んできた不朽のアイコン「トレンチコート」。その価値観に共鳴するクリエイターたちに、「続けること」と「続くこと」の意味を数珠繋ぎに問いかけていきます。最初の回答者は、30年以上もの間独自のスタイルを発信し続けてきた、スタイリストの馬場圭介さん。常に人々の心を惹きつける、イギリスのユースカルチャーとトレンチコートの魅力について伺いました。

Q: 1989年から30年以上の間、スタイリストとして日本のファッションシーンを牽引し続けてきた馬場さんですが、根底にあるUKスタイルという軸は今も全くブレていませんよね。スタイリストを始められる前はロンドンに住まれていましたが、当時のロンドンはどのようなところでしたか?

 

自分がロンドンにいた’80年代中盤は、「BUFFALO(バッファロー)」っていうクリエイティブ集団がいろいろと面白いことをやっていて、その周辺でインディペンデントなストリートカルチャーが盛り上がっている時期でした。当時SOHOにBUFFALOの中心メンバーのひとり、フォトグラファーのマーク・ルボンの弟がやっているCUTS(カッツ)っていうヘアサロンがあって、そこにクリエイティブな連中が集まってきて、近くにあるBar Italia(バー イタリア)でたむろするっていうのがお決まりのパターンでね。当時はインターネットも携帯もないですからね。そこでみんなが情報交換をして、流行が広がっていくというイメージでした。スタイリストでアクセサリーデザイナーのジュディ・ブレイムとか、ファッションデザイナーのクリストファー・ネメスとか、そういう今では伝説となっているようなクリエイターたちも、みんなそのメンバーでした。BUFFALOの創設者であるレイ・ペトリだけは面識がなかったんですが、シューズデザイナーのジョン・ムーアなんかは、よく彼の自宅にも連れて行ってくれたし、本当に自由で刺激的な空気が流れていましたよ。

イギリスには社会階級のヒエラルキーがあったから、それに対する反発もあって、ストリートでユースカルチャーが育まれやすい土壌でしたが、最近は昔ほど階級の差があからさまではなくなってきたし、インターネットもあって世界中に同じ価値観が共有されていく世の中だから、そういう独特の文化が生まれづらくなってきていますけどね。でもやっぱり、ファッションも音楽も含めクリエイティブ全般、イギリスのカルチャーってどこか上流階級に対抗するような気高さとか品があって、魅力的なんですよね。

渋谷区・神宮前の住宅街にひっそりと軒を構えるCOUNCIL FLAT 1(カウンシル フラット ワン)は、馬場さんがオーナーを務めるヴィンテージショップ。イギリスで買い付けてきた古着を中心に、一部セレクトアイテムも展開。音楽、映画、フットボールなど、UKカルチャーの空気感が満載

Q: UKスタイルを象徴するブランドのひとつであるアクアスキュータムは、今年で創業170周年を迎えています。馬場さんがオーナーを務めるショップのCOUNCIL FLAT 1では、イギリスものの古着を数多く扱われていますが、そのなかでアクアスキュータムはどのような存在ですか?

 

トレンチは絶対的にアクアスキュータムですよね。今日も着てみて再確認しましたが、やっぱり永遠のアイコンっていつ着てもカッコいい。普段から自分の着るものにバッジやワッペンやボタンなんかを付けてカスタマイズすることが好きなので、実は今回、このトレンチも自分好みにアレンジしてみようと思っていたんですが、あまりにも完成されたデザインだから正直手の付けようがなかったんですよね(笑)。その点、もしやるんだったら、よりデザインがシンプルですっきりとしたステンカラーコートのほうがやりやすいかもしれないです。例えばパンクスみたいに小さいスタッズを並べて、背中に大きくハンドペイントを入れて、一点物のアートピースみたいにするのも面白そうですね。

 

ただ最近は、ほら、ダウンジャケット全盛でしょ? コートってなかなか着なくなっていませんか? ダウンのほうがもっと暖かくて軽くて便利ですよね(笑)。コートは重いし、ボタンがいくつもあって面倒だし。でも、トレンチコートって逆にその感じがいいんです。日本人の体型にも似合うし、東京の街にもすごくフィットするアイテムだから、みんなもっと着ればいいのにって思っています。あとアクアスキュータムは、この厚手の生地感がものすごくいいんですよね。自分はボタンを締めて着るのが好きなんですが、着た時にカチッとする感じがたまらなくカッコいい。サイズ感も身体に沿った無駄のないシルエットで、昔から変わらないですね。自分がイギリスのものに惹かれる理由のひとつが、このシルエット感なんです。アメリカのものってすべてがデカイんですよね。サイズの展開もS、M、L、XLみたいに数種類しかないのに、もとが身体の大きい人に向けたデザインだから、着た時になんだかしっくりとこないことも多いんです。ここ最近は何かとオーバーサイズが人気ですが、日本人はきちんと洋服を着たほうが似合うと思いますけどね。

 

あと、5年前ぐらいにSupreme(シュプリーム)とアクアスキュータムがコラボしたアイテムでは、アクアスキュータムのトレンチコートのライニングに使われるクラブチェックがフィーチャーされていましたが、クラブチェック関連のアイテムはもっと出てきて欲しいと思っています。ウチの店にもクラブチェック柄のハリントンジャケットなんかがありますが、クラブチェックのトラックスーツなんかがあってもカッコいいと思いますよ。100年以上変わらないマスターピースを作り続けながら、同時に今の感覚を反映したアイテムを展開していければ、ブランドとしての魅力はさらに上がっていくと思います。

「トレンチは絶対的にアクアスキュータム」と語る馬場さんの言葉通り、店内にはアクアスキュータムのトレンチコートやステンカラーコートはもちろん、クラブチェック柄のハリントンジャケットなど、珍しいアイテムも複数揃う

Q: 今日はダブルのトレンチコートをボンデージパンツに合わせていましたが、スタイリングとしてかなり新鮮な印象でした。トレンチはビジネスシーンで活躍するようなクラシックなアイテムというイメージがありますが、馬場さんはどのように捉えていますか?

 

いやいや、トレンチはビジネススーツ以外にも自由に組み合わせを楽しめるアイテムですよ。むしろ自分なんかは、カジュアルなものに合わせるべきアイテムだとさえ思っているぐらい。それこそデニムパンツだっていいだろうし、今ならジャージー素材のトラックパンツなんかも面白いよね。でもいくらカジュアルなアイテムと合わせても、自分はボタンを留めてキチッと着るほうがしっくりくるかな。着回しを考えると、ダブルのトレンチよりもシングルのステンカラーコートのほうが汎用性としては高いんだろうけど、やっぱりこのダブルのトレンチっていうものには、汎用性や利便性を超えたロマンティシズムみたいなものを感じるよね。

不朽の名作『KINGSWAY』に袖を通し、「この感じ、昔から全く変わらないよね。すっきりとしたシルエットと厚手の生地感がいいんです」と馬場さん。トレンチコートのクラシックな雰囲気が、トレードマークのメガネとハットと違和感なくマッチしている

さっきも言ったけど、今はコートっていうもの自体が絶滅危惧種みたいな部分もあるから、人とは違うファッションっていう意味では、今トレンチは逆に狙い目だったりする。特にどんどんサイズやシルエットがルーズになって、スエットやダウンやスニーカーみたいな楽なアイテムが主流になればなるほど、お洒落をすることや、カッコつけることに対する価値と欲求が上がっていくんですよね。今はどうしても夜遊びもできないし、外出して行く場所も限られている状況だけど、また外に出られるようになったら、ちゃんとお洒落をして思いっきり遊びたいって、みんな思っているはず。流行は繰り返すから、今はルーズが流行っていても、またすぐにスリムなシルエットが戻ってくるんじゃないかな。このトレンチなんかも、そんな時代の流れを横目に今も変わらずに愛され続けているんだから、すごいですよね。“羊羹はとらやじゃなきゃ”って人がたくさんいるように、自分みたいに“トレンチはアクアスキュータムじゃなきゃ”っていう人が世界中にたくさんいるから、何年経ってもブレることなく、価値を守り続けることができるんだと思います。

スタイリスト・ファッションディレクター

馬場圭介

ばば・けいすけ 1958年、熊本県生まれ。’84年、26歳で渡英。ロンドンでスタイリストの大久保篤志氏に出会い、帰国後に師事。’89年、スタイリストとして独立。2004年、nano universeとファッションブランド・GBを立ち上げ、ディレクターとデザイナーを兼任する。’18年、英国古着を扱うショップ・COUNCIL FLAT 1をオープンし、オーナーを務める。’19 年にブランド・NORMANをスタート。現在も数多くの雑誌、ミュージシャン、俳優、タレントのスタイリングを手掛ける。Instagram @keisukebaba1007

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