30着のトレンチコートが物語る古着との親密な距離

Text: SHINGO SANO
Photo: TOSHIAKI KITAOKA(L MANAGEMENT)

アクアスキュータムがブランド誕生から170周年を迎えた今、改めて「続けること」と「続くこと」を考えるインタビュー連載。時代の変化に寄り添いながらも、確固たるアイデンティティを守り、育んできたアクアスキュータム。その価値観に共鳴するクリエイターたちに、「続けること」と「続くこと」の意味を数珠繋ぎに問いかけていきます。ヴィンテージショップ・JANTIQUES(ジャンティーク)の内田 斉さんからバトンを受け取ったのは、同店でバイヤーを務めた経験を持つHOOKED VINTAGE(フックド ヴィンテージ)の安藤小葉さん。内田さんから受け継いだ“古着”の世界に身を置き、女性ならではの美意識を古着に投影するその背景について話を聞きました。

Q: 2017年にHOOKED VINTAGEをオープンされてから5年が経ちました。ヴィンテージという括りのなかでも、年代に固執することなく、美しさが光る繊細なものから、仕立てが行き届いたデザインのものまで、安藤さんの価値観が反映されたものが幅広く揃っていますね。

 

実はこのお店を立ち上げた時、商品のストックがない状態でのスタートでした。緻密な計画は立てず、その時の感情の赴くままに走り始めましたので、海外へ買い付けに行ける余裕もなかったんです。まずは自分の私物を並べて、少し落ち着いたら買い付けへ出かけ、またしばらくしたら買い付けをするという、そんなサイクルを保ってきました。次第にお客様も増え、お店のスタイルも奥行きが出てきて、ようやく今年5年という節目を迎えることができました。

Q: 買い付けにはどれぐらいの周期で行かれるのですか?

 

タイミングも期間も決めてはいません。女性の場合は心変わりが早いので、一度にたくさんのものを仕入れても、気分が変わってしまったらお店に並べられなくなってしまうこともあるんですよね。お店に欠けているピースがあれば、それを求めて都度買い付けに出向くという感覚です。その瞬間に自分の心を躍らせるものだけを買ってきますので、前回はあえて手にしなかったものも、今回は一番の収穫になることもあります。

HOOKED VINTAGEの店先で、海外から買い付けてきたアイテムを丁寧に整理する安藤さん。見えないところに時間を費やすその姿からも、古着への愛情が伺える

Q: 自らの感覚や気持ちに耳を傾けているからこそ、いつもお店に新鮮さがあるのですね。買い付けでものと対峙している時はどのような心情なのですか?

 

自分のアンテナに引っかかるものと出合うたびに、誰かとその喜びを分かち合いたい気持ちになるのですが、ぐっとこらえて毎回ひとりで噛み締めています。そして、シッピングの為の梱包作業でまた心が躍り、箱から開けた時にまた高揚してと、買い付けに限らずものを目の前にしている時は、どの工程においても喜びで満たされた何ものにも代え難い時間が流れています。でも、その気持ちがないと自分のお店は絶対にできないとも思っています。

Q: 古着の根底は“昔のもの”ですが、時間を超えて新たな創造のインスピレーションにもなるのが古着の面白いところですよね。

 

古着自体は何十年も前から変わらず存在しているものですが、その時のフィーリングによって楽しみ方は無数に変化していくのが魅力です。ひとつ前のシーズンではグリーンをベージュとばかり合わせていたけれど、今年はフーシャピンクと組み合わせたくなったり。自分らしい定番スタイルに落とし込むのも良いですが、私は瞬間的に心に響くスタイルで常に楽しみたいと思っています。例えば、私はトレンチコートだけでも、シルエットが大きいもの、タイトなもの、薄いもの、厚いもの、丈が長いもの、短いものといった具合に、ディテール違いで30着以上持っているのですが、その日その日、手に取る一着は様々です。夫は私が毎日異なるトレンチを着ていても、気付いていないと思いますが(笑)。

Q: トレンチコートを30着も持っている方に初めて出会いました(笑)。安藤さんのスタイルには欠かせないものなんですね。

 

そうですね。私はもともとメンズアイテムに惹かれるタイプだったこともありますが、今日のような大振りのアクセサリーやワイルドなインディアンジュエリー、ファニーな柄のパンツやスカートといった、主張が強いアイテムを着こなす時に、カチッとしたコートが必要になるんです。テイラードジャケットではマスキュリンな印象が強く出てしまいますが、トレンチはニュートラルなアイテムなので、合わせるアイテム次第で表情が広がっていきます。私の父はわざわざロンドンでトレンチコートを仕立ててくるような人でしたので、トレンチは身近な存在で18歳頃から愛用していました。当時はベルトループに自前のベルトを通してアレンジするのが好きでしたが、同級生からはとても不思議がられていたのを覚えています。

お店の入り口から半分のスペースにはレディスのヴィンテージアイテム。奥の半分のスペースには、夫の安藤公祐さんが買い付けてきた家具、食器、照明などの希少なインテリアが並ぶ

Q: 安藤さんにとってトレンチは、昔から繋がりのあるものなのですね。古着との出合いも18歳の頃なのですか?

 

中学生の頃に父親の服を借りてお洒落をするようになったのですが、次第に古着屋さんにも行くようになりました。アクアスキュータムのトレンチコートもそうですが、ジョンロブの靴や、マックレガーのドリズラージャケットなど、ものにこだわる父親の姿を見て育ちましたし、私もウディ・アレンや、彼の映画の『アニー・ホール』のようなスタイルに憧れていましたので、とにかくメンズアイテムへの興味しかありませんでした。田舎で育ったということもあり、レディスの服を売っているお店がなかったということも相まって、当時はLEVI’S®やLeeのデニム、1950年代のウエスタンシャツやミリタリーアイテムを愛用していました。

Q: 10代の頃は、周りにいるお洒落な人をお手本にしたくなりますが、どのようにご自身のスタイルを磨かれたのですか?

 

とにかく内側から出るものが強い人になりたいと思っていましたので、みんなと同じものを見たり着たりするのではなく、あえて誰もピックアップしないような服を探してきては、それを自分なりに着こなすことを宿題のようにしていました。着こなしづらいもののほうが、噛み締めるたびに愛着も湧いてきますし。でも子供の頃は人としての存在感というものは出てきませんので、それがコンプレックスでした。ロングヘアで髭が生えた顔になれたらいいのにと思っていたほどです。

Q: メンズライクな時代と比較しますと、女性的なエッセンスが垣間見られる今のスタイルになられたのには、何かきっかけがあったのでしょうか?

 

当時は肩や足など、肌を露出するようなことはまずありませんでした。肌を出すことが女性らしいという解釈では決してなく、レディスものならではの面白いデザインもたくさんあるということに、少しずつ気付いていったんです。それがJANTIQUESで働き始めた24歳ぐらいだったでしょうか。

Q: JANTIQUESにはどのような経緯で入られたのですか?

 

夫の実姉(現フミカ_ウチダ デザイナーの内田文郁さん)との繋がりからJANTIQUESを手伝うようになり、そのすぐ後に私もスタッフで入らせていただいたという経緯です。私は古着は好きでしたが、知識が十分にあったわけではありませんでしたので、古着については何から何まで内田さんの下で教えていただきました。

店内のディスプレイはコーナーごとにテーマ性が設けられ、それを眺めながらゆっくりと奥へ進んでいくことができる

JANTIQUES で体得したこと、そして私のフィーリングがダイレクトに反映されたのがHOOKED VINTAGEというお店です。お客様も私自身と年齢やマインドが近い方も多く、ものを通して広がっていく会話やコミュニケーションは大切にしています。私には持ち合わせていない感覚で、鏡を見ながらフィッティングされているみなさんの姿を拝見するのは、かけがえのない時間でもあります。

Q: 時代の流れを予想した上で作られた新品のもの。はたまた、時を経て巡り合える物語を持ったヴィンテージのもの。前者の概念も安藤さんには存在しているのでしょうか?

 

もちろん新しく生み出されるクリエーションやかたちにはリスペクトするものが多くありますし、私自身シューズやアクセサリーなど大切にしているシーズンのコレクションアイテムもあります。ですが、2年後には新鮮さがなくなり着られなくなるものもありますよね。でも古着もそうですが、アクアスキュータムのトレンチコートのようなタイムレスなものは、何十年も残るほど素材や作りが良いものばかりですし、1シーズン飽きるほど着たとしても、また翌年には違うニュアンスのスタイリングで楽しめるんです。ルールに縛られることのないジャンルだからこそ、トレンチコートやデニムパンツ、白シャツのような普遍的なアイテムがあると、ユニークなアイテムも自分らしく着こなせるようになっていくと思います。

繰り返しになってしまいますが、古着はその時のマインドによって見え方や合わせ方に変化をもたらしてくれるものですので、その時々のシーンを思い浮かべながら身に付けることができるのが何よりも魅力です。週末に美術館へ行く、友人と食事へ行く、少しでも具体的な目的があると、その服に身を包んでいる自分の姿を想像できるので、もの選びの基準にもなると思っています。

バーガーショップの店員が使っていたエプロンを、トレンチコートのコーディネートに提案してくれた安藤さん。ルールに縛られず、直感的な感覚に従ってファッションを楽しめるのはレディスの特権

ヴィンテージや新しいものということは関係なく、衣服を纏うということは、ひと括りにそういった高揚感を味わえる行為であると思っています。女性は洋服を選べる選択肢が多い分、そんな美意識を楽しみ続けていく生き物なのではないでしょうか。私もまだまだ古着との関わりに、多くの時間を費やしていければと思っています。

オーセンティックなトレンチコートを羽織った安藤さん。ウエストをしっかり締めたコートのなかのトップスは、アクアスキュータムのクラブチェックと同じカラーリングのヴィンテージスカーフをアレンジ。ブーツカットのデニムパンツと、ツバが大胆なストローハットでエレガントなエッセンスを

ヴィンテージショップオーナー

安藤小葉

あんどう・こよう 宮城県生まれ。高校の同級生だった夫の安藤公祐さんとともに、JANTIQUESのショップスタッフ、バイヤー、店長を経験した後、2017年にヴィンテージの洋服、家具、雑貨を取り扱うHOOKED VINTAGEをオープン。渋谷と表参道の中間に位置するオフィス街にありながら、足繁く通うクリエイターのファンも多い。’18年より衣類のリペア、持ち込みのお直しを受け付けるHooked sewing(フックド ソーイング)をスタート。Instagram @hooked_vintage, @koyou_ando

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