“自分らしさ”は、制約のなかにこそ生まれる

Text: KEISUKE KAGIWADA
Photo: JUN OKADA(BE NATURAL)

アクアスキュータムがブランド誕生から170周年を迎えた今、改めて「続けること」と「続くこと」を考えるインタビュー連載。時代の変化に寄り添いながらも、確固たるアイデンティティを守り、育んできたアクアスキュータム。その価値観に共鳴するクリエイターたちに、「続けること」と「続くこと」の意味を数珠繋ぎに問いかけていきます。今回、MONO NO AWAREの玉置周啓さんからバトンを受け取ったのは、アーティストの片岡亮介さん。時につまずきながら、それでもなお描き続けてきた試行錯誤の軌跡を語ってくれました。

Q: 玉置周啓さんとは、どのようなご関係なのですか?

 

半年くらい前、共通の友人を介して知り合って以来、ちょくちょく会うようになりました。会話のテンポが良いし、引き出しも多いんで、一緒に飲むとすごい楽しいんですよ。話す内容は、くだらないことばかりですが(笑)。とにかく、最近知り合ったなかでは一番面白い人です。

 

Q: 知り合う以前から、玉置さんの音楽は聴いていたんですか?

 

MONO NO AWAREのライブには、1回だけ連れて行ってもらったことがありました。その時聴いた早口の歌が好きでした。でも、いまだに曲はほぼ知らないし、ポッドキャスト(玉置さんがDos MonosのTaiTanさんとやっている『奇奇怪怪明解事典』のこと)も聴いたことがありません。だから、表舞台に立つ存在としての彼のことは、ほとんど何も知らないんです(笑)。でも、それくらいが良いかなって。

Q: だからこそ、玉置さんも片岡さんといると居心地が良いのかもしれませんね。そんな玉置さんは、小学生の時に割り箸で作った家が創作活動の原点だと語っていました。片岡さんはいかがですか?

 

僕も似たような感じです。幼稚園に入る前、ひたすら迷路を描いていたらしいんですよ。僕自身もうっすら記憶があるんですけど、それが初めての創作活動ですかね。見かねた親が、家の前にある書道教室に通わせてくれて……。

 

Q: 絵画教室ではないんですね(笑)。

 

いや、最初は絵画教室に連れて行ってくれたみたいなんですよ。でも、先生に「ここに絵を描きなさい」って渡されたゴムボールを、僕は投げて教室から出て行っちゃったみたいで(笑)。それで親も「これは違うのかな」って、書道教室に連れて行ったという。ただ、書道は性に合ったみたいで、大学に進学するまでずっと通っていましたね。

街中で気になるものをスマホの写真に収めるのが日課だという片岡さんに、アクアスキュータムのコートを羽織ってもらった。気になる感想は、「トレンチコートにはシャーロック・ホームズのイメージが強かったです(笑)。実際に着てみるととても気分が良いですね。歩いている時も背筋がぴんと伸びて、新鮮な気持ちでした」とのこと

Q: 大学は東京造形大学へ進まれたそうですね。親御さんが「これは違うのかな」と感じた美術の道に、再度チャレンジしようと思ったきっかけは何だったんですか?

 

東京に行きたいなと思っていたんですよ。リリー・フランキーさんの『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』を読んだってだけなんですけど(笑)。書道の先生に相談したら「美大が良いんじゃない?」って言われて。それでだいぶ遅いんですけど、高3の夏から美大の予備校に通い始めて、東京造形大学のグラフィックデザイン科に進んだんです。

Q: 憧れの東京に出てきていかがでしたか?

 

ほとんど遊ばず、毎日制作に明け暮れていましたね。授業で教えてもらうこと、図書館で調べて知ること、すべてがすごく新鮮で。それまでは、アンディ・ウォーホルくらいしか知りませんでしたから(笑)。1年の夏に、1ヵ月半くらいパリに行ったのも大きかったですね。美術館を巡って、「アーティストってウォーホル以外にもいるやん!」と思ったり(笑)。それでどんどん美術を好きになっていったんです。

Q: 在学中には、若手グラフィックアーティストの為の公募展「1_WALL」に応募され、ファイナリストに残ったそうですね。

 

そうですね。大学4年かな。描き始めたのは締切の3日前とかなんですけど、あれで評価してもらえたのは大きかったかもしれません。審査員の前でプレゼンした時のことが、忘れられないですね。当時は社会を知らな過ぎて、自信満々だったんですよ。有名な方を前にして、「あ、この良さわかりませんか?」くらいの感じで(笑)。いやー、恥ずかしい。でも、自分で作品を作ることの面白さに、本格的に目覚めたきっかけではあったと思います。

アトリエ内で、新しい作品を描く片岡さん。この作品は、哲学者のロラン・バルトが著書『偶景』で語った「偶然が重なりひとつの風景を作る」というコンセプトに影響を受けているそう。ちなみに、アトリエの壁に張り巡らされた真っ白な板は、片岡さんが知人と一緒にDIYしたものだ

Q: 卒業後の進路はどうなさったんですか?

 

デザイン事務所に入りましたけど、1年くらいで辞めました。デザインは今も大好きなんですけど、アーティストとして挑戦したいと思ったんです。

Q: かくして、アーティストとしての片岡さんが誕生したわけですね。

 

そうですね。最初の頃は、クライアントワークのウェイトが大きかったのですが、約2年前の個展をきっかけに自分の作品に向き合う時間を増やしました。でも、展示後1年くらいしたらあまり筆が進まなくなってしまったんです。いろいろ試してみたんですけど、じゃあ、さらに展開するにはどうすれば良いかってところで止まってしまって。新しくアトリエを構えてから、これじゃいけないとまた描き始めたんですけど。

Q: もう一度、描き始めようと思えたきっかけは何だったんですか?

 

描けなくなったのは、インプットし過ぎたというのもあると思うんです。何を描いても「あー、あれの真似だな」って思うようになってしまって。だから、「1_WALL」の時みたいに、がむしゃらに描いてみようってほうに、気持ちを切り替えて今はやっています。

 

Q: たしかに、知識を入れ過ぎると逆に身動きが取れなくなるということは、アートに限らずよく起こりますよね。だからこそ、ウォーホルしか知らなかったあの時の気持ちで今は描いていると(笑)。

 

そうです(笑)。ピュアさが必要だなって。それがないと見る人もドキッとしないと思うんですよ。もちろん、今自分が考えていることを通して、そのピュアさが本当に良いものかを精査し、高めていく必要もあるんですけど。だから今は、ピュアな気持ちを保ったまま、行き詰まった時にインプットする、その反復が今は良いのかなと思っています。

Q: 片岡さんの作品は、描線も色もパキッとしていて、一見するとデジタルで作ったのかと見紛うほどです。デジタルなイメージを絵画に落とし込む理由は何なんですか?

 

それは性格なのかな。意外に几帳面なんですよ。ピチっとしている線が、自分にとって気持ち良いんです。でも、今はこれをちょっと逸脱したいなと思っていて。だから、前までは直線を描く時マスキングテープを使っていましたけど、それだけにはとらわれないようにしたいんです。色鉛筆で描いていたこともあるんですが、色鉛筆って定規を使って直線を引こうとしても、濃淡による歪みが生じるんですよ。油絵の具の場合も、あのくらいの線が今は良いのかなって、いろいろチャレンジしています。

Q: 作品を作る際、テーマは設けるんですか? テーマが重要なアーティストと、「テーマなんかありません」ってアーティストの両方がいると思うんですけど。

 

シリーズごとにテーマはあります。ただ、僕の場合は最初からがっつりテーマを決めるというより、なんかちょっと描いてみて、面白い表現だなって思ったものと、自分が考えていることを重ね合わせて、テーマに仕上げていく。で、そのテーマについて考えながら描いていくうちにどんどん変わって、そこにまた発見があるって感じです。

あと、テーマとは少し違いますが、シリーズごとに制約をつけがちです。どこからでも描き始めて良いってなったら、最初の一手の母数が増えるじゃないですか。だから、例えば、石を転がして描く、しかも右上から始めるという制約を設けて、何枚も描くなかでその面白さを探していくってことをよくします。僕も機械じゃないから、ルールを設けたとしても、どこかでズレが生じてくるんですよ。そこに、“僕らしさ”が出るのかなと思いながらやっています。ほかの人が同じ手法でやっても、ズレ方は同じにならないと思うので。

自宅とアトリエの中間地点にあるBOOKOFFは、息抜きがてらときどき訪れる場所。「『名探偵コナン』は全巻コンプリートしています。これはもう義務ですね(笑)」「一番好きなのは『幽遊白書』です。冨樫さんの絵が好きです」と、店内でマンガへの愛を炸裂させる姿が印象的だった

Q: なるほど興味深いですね。ちなみに、影響を受けたアーティストはいますか?

 

ロバート・ライマンですかね。彼は白い絵の具を使った正方形の絵をずっと描いているんですよ。僕の描く絵は一貫性がないので、ひとつのことだけを追求する姿勢に憧れます。作品だと、例えばフランク・ステラの「ブラック・ペインティング」っていう絵画のシリーズが好きです。ニューヨークに行った時ホイットニー美術館で実物を見たら、マジで圧倒されて感動しました。

ちなみに、ホイットニーでステラを見た後、併設されたカフェに行ったらローレンス・ウェイナーの作品が展示されていたんですよ。当時、ウェイナーのことを知らなくて、「さすがニューヨークの美術館はカフェの壁まで洒落ているな」と思って写真を撮ったくらいだったんですが(笑)、帰国後に大学の教授に見せてもらった本のなかにそれが載っていて。「これ知っている。っていうか、作品だったんだ!」と驚いた経験もあります。ウェイナーは、作品はもちろんのこと、スタイルも含めてめちゃくちゃ好きです。

「最初はステンカラーにしようと思ったんです。でも、どうせだから王道にしました」。今回、トレンチを選んだ理由をそう語る片岡さん。なかに着たニットは、まるで片岡さんの作品の色彩のごとく鮮やかな赤だ。古着屋で買ったこのニットは“よそいき”の定番だそう。いわく、「赤が好きなんです。元気が出るので(笑)」

Q: では最後に、今後の目標を聞かせてください。

 

この綺麗なアトリエが絵の具だらけになることですかね。まだこの場所で描き始めて2、3週間ぐらいなんで、どんどん描いて汚していきたいです。

アーティスト

片岡亮介

かたおか・りょうすけ 1993年岡山県生まれ。東京造形大学在学中、第15回「1_WALL」のグラフィック部門にてファイナリストとなる。2020年には、VOILLDで個展「WELLNESS PAINTINGS」を開催している。Instagram @ryosukekataoka

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