装飾にブランドの信念が込められた唯一無二のクレスト

時代の美の様式とともに、数世紀に渡って芸術表現がなされてきたヨーロッパのクレストは、中世の社会や軍隊編成の表現から始まり、国王や政治家、教育に医療機関、そして個人や団体の標章へと発展してきました。アクアスキュータムのクレストは今年で40年。色と表象で構成された由緒ある格好のシンボルについてご紹介します。

 盾、兜、マント、標語といった複数の要素と規則性のある決まり事で成り立つクレスト(紋章)。その歴史は900年にもおよび、諸説ありますが12世紀半ばの北ヨーロッパが起源だと言われています。とりわけ西洋での紋章制度が確立されたのは12世紀後期のこと。このような制度の背景には、戦士が鎧に身を包み、集団戦闘において敵味方の識別をするための目印の意味がありました。始まりは軍の為のものでしたが、いつしか家系や組織団体を表す紋へと移り変わり、アクアスキュータムも1982年に英国紋章院(College of Arms)から名誉あるクレストが認可され、今もブランドを示すシンボルとして用いています。

1850年代頃、英国の呉服商、魚屋、金細工職人、商人のテイラー、商人、食料雑貨店の為に描かれたという170年ほど前の6つの紋章/Getty Images

 英国紋章院が承認する近代の典型的紋章一式(アチーブメント)といえば、最も重要な盾(シールド・オブ・アームズ)を中心に、上に兜(ヘルメット)や兜飾(クレスト)、飾り環(サークレット)。クレストの両脇にはマントが広がり、下部には標語(モットー)が配置されています。マントとヘルメットは花輪(リース)や飾り房(トース)と呼ばれる撚紐で結ばれているのも特徴。モットーに至っては、イングランドとスコットランドで置かれる場所が異なるなど、そのほかにも様々なルールが散りばめられています。

それまでの業績が評価され、英国紋章院がデザインしたアクアスキュータムのクレスト。現在もロゴの一部に使用しています

 アクアスキュータムのクレストの構成は6つ。まずは雲型の曲線を表した上部の白と、雨の水滴模様の下部の青、そして卓越を表す冠で成り立つ盾のシールド・オブ・アームズ。ふたつめは、盾の上に配置された騎士のヘルメット。そして、ヘルメットからマントが吊される際の繋ぎ役の青と白の紐が三つ目。肩を守る役割りである四つ目のマントは、戦いで騎士に切られたイメージを表現しており、ギザギザの形状はそんな意味が込められています。英国とスコットランドのメインカラーである赤と黄色のライオンのクレストは、ライオンが持つ小さな赤い剣がロンドン市との友好関係を表現した五つ目の要素。最後のモットーは、ブランド名にちなんだラテン語のフレーズである「IN HOC SCUTO FIDEMUS(イン・ホック・スキュート・フィデムース)」と刻まれ、「私たちは、この盾の中に信念を持つ」の意味が込められています。

アクアスキュータムでは、シーズンテーマに合わせてクレストをアレンジし、商品に落とし込んで展開もしています。こちらは2019年春夏シーズンの「乗馬」にちなんで製作した馬具のクレスト

 紋章院は中世ヨーロッパにおいて紋章を管理する国家機関でしたが、現在も存続しているのはイギリスのみとなっています。総裁と13人の紋章官で編成された英国紋章院。総裁は、1397年より続く英国公爵位のひとつである家柄・ノーフォーク公家の世襲。紋章の登録には形式上、英国国王からの授与となる為、紋章を与えるに相応しいかどうかの適格性が審査されます。請願者は経歴、背景、社会的貢献などをまとめた資料を作成して提出する必要があり、紋章院の審査、署名がされて初めて紋章授与の手続きが始まるのです。また、歴史の中で培われてきた規則のほかにも、同一国家や地域の中で全く同じ図柄の紋章があってはならず、紋章官は長年の伝統と紋章学から得られた原則に基づいて、提出された資料とともにふさわしい紋章図案を考案していきます。

ジョン・ハリスン氏とコラボレーションした40周年記念のクレスト

 アクアスキュータムのクレストは2022年の今年、40周年を迎えました。ブランドを象徴するクレストに敬意を払いながら、現代的な英国的感性を反映したアニバーサリークレストを製作。ロンドンの紳士服の聖地であるサヴィル・ロウを代表するテーラー、Gieves & Hawke(ギーブス&ホークス)などのデザイナーを務めた、John Harrison(ジョン・ハリスン)氏とのコラボレーションによるものです。これまでのアクアスキュータムのクレストを伝承しながら発展させ、新風を吹かせた仕上がりになりました。伝統を守り続けながらも挑戦的な姿勢——その一例がこのクレストにも込められているのです。

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