都心に現れた空中庭園は、循環の象徴
風にそよぐオリーブの木、たわわに実るブラックベリー。空に伸びたセロリは香り高い花を咲かせます。足下のやわらかな土は、たっぷりの朝日を浴びて夜露をゆっくりと空中へと蒸発させていきます。そんな確かな自然の営みが、東京のビル群の隙間で、密かに繰り返されているのです。
表参道を象徴する、美しいケヤキ並木。明治神宮の参道として150年前に作られたその大通りは、大きな灯篭を残しながら世界有数のファッションストリートとして変貌を遂げてきました。そんな表参道の路地裏にrestaurant eatrip(レストラン イートリップ)を営む野村友里さんは今、グローサリーショップ・eatrip soil(イートリップ ソイル)をオープンさせ、食にまつわる様々な活動を続けています。その店はレストランではできなかった試みのひとつ、食を通じて生産者と消費者を繋ぎながら、食の循環を実現する場所として野村さんの想いが込められています。日本全国から野村さんが出会った野菜や加工食品、調味料のほか、書籍や器なども並べられ、定期的に生産者を招いたワークショップ「eatrip seed club(イートリップ シード クラブ)」も開催され、一つひとつのアイテムから紐解かれる、生産者の情熱と人生の物語に触れることもできるのです。フロア全体に土を塗り込めた大地のエネルギーに満ちた空間設計は、「場所の記憶」をテーマに構造物と向き合った建築家の田根 剛さんが担当。グローサリーのほかカフェやレストランも入るなか、野村さんのこだわりであり循環の象徴でもあるのが、店舗と屋外を繋げる畑です。
葉っぱを天に向け、急に降り出した雨粒を一身に受け止める植物たちを、まっさらな割烹着を纏った野村さんが、嬉しそうに眺めています。
「土のなかは、根が張り巡らされて交通渋滞ですが、この畑にはいろんなことが凝縮されていて面白いんです。蝶が植物の循環を手伝い、地中は幼虫やミミズの棲家になっています。みんなが太陽に手を伸ばし、空へ空へと伸びていく季節は足元がスカスカで光が届かず腐ってしまったり、根っ子が浅い植物は、風が吹くと倒れてしまったり。どこか人間界の縮図を見ているような感覚なんです」
植物も虫も共存し、命を繋いでいく
eatrip soilの畑は、誰にでも開かれています。無農薬野菜の生ゴミから堆肥が作られ、季節のハーブや果樹から種を採取し、この空間のなかだけで自然のサイクルが完結しているのです。
「この畑も店も、循環ということをベースに考えてスタートしました。加工品が並ぶグローサリーは、その循環の末端。隣にはミシュランふたつ星レストラン出身のシェフが腕を振るうお店があって、アペタイザーにはこの畑で採れた野菜を添えているし、レストランで出た生ゴミは、ここで堆肥に変えているんです。週末や夏休みには、近所の子供たちが集まってきて、ベリーやレモンを捥いで頬張り、虫取りに夢中になっている姿を見るのが嬉しくて」
2020年の1月のオープン当初、世の中はコロナという未曾有の事態に直面したばかりの時でした。ブティックがすべてクローズするなか、グローサリーであるeatrip soilだけは営業を続けていたといいます。
「インフォメーションセンターとしても、どうしても必要な存在になりたいと思ったんです。人々は、より良い食品を求めていましたから、この店が必需品を扱うパイプラインになるよう、今スタートさせなくてどうする、という想いがありました。食材を作る地方の人たちも同じ気持ちで、逆に励まされてしまいました。普段いろんな距離感で生きている人たちが、あの時ぐっと距離を縮めたタイミングだったと思います」
時が経つにつれ、eatrip soilには生産者が立ち寄り、料理人が小さなキッチンで腕を振るい、生の音楽が演奏されるような、人の温もりが宿るようになっていくのです。
料理人・restaurant eatrip主宰
野村友里
のむら・ゆり おもてなし教室を開く、母・野村紘子さんの影響を受けて料理の道に。2009年には初の監督作品『eatrip』を公開。その後、restaurant eatripをオープンし、パーティなどのケータリングフードの演出、雑誌の連載やテレビ、ラジオの出演、本の執筆などその活動は多岐に渡る。2020年1月にグランドオープンした表参道GYRE4階のGYRE.FOOD内にグローサリーショップ・eatrip soilを開業。“人生とは食べる旅”と、ライフスタイルとは切っても切り離せない食文化を、常に新しい視点で再解釈し、発信を続ける。Instagram @eatripjournal, @eatripsoil, @restaurant_eatrip