広がるダーニングの輪
セリアさんのアーティスティックなダーニングは、SNSなどでも次第に話題を集めるようになります。ヴィクトリア&アルバート美術館やデザインミュージアムも、セリアさんのダーニング・ワークショップを主催。「セリア式」ダーニングの輪はじわじわと広がりを見せています。セリアさんから直接ダーニングを習いたいなら、ロンドンの毛糸専門店・Loop と、手芸屋・Ray Stitch が定期的に主催するワークショップもあります。共に女性が店主の個人経営で、こういうショップをサポートすることも、セリアさんの想いだと言います。
コロナ禍ではオンラインのワークショップも頻繁に開催したそうで、ロックダウン期間にダーニングを始めた人も多いとのこと。が、やはり、ダーニング人気は環境問題やサステナビリティへの意識が高まったことと切り離しては語れません。ファストファッションで育った世代にとって、ヴィンテージや継当てのある服を着ることはエコ意識の高さの表明でもあり、むしろ「クールである」と見られる傾向にあります。
「イギリスでは戦時中、政府による『Make Do & Mend』 というキャンペーンがありました。物資がない時代、自分で作ったり、直したりすることが奨励されました。また、英国紳士は流行を追わず、ビスポークのスーツや靴を修理しながら使う伝統もあります。とはいえ、今は安価なものがオンラインで簡単に手に入る時代。それでも敢えて『直して使う』ということは、メッセージの発信でもあります。ダーニングは持続可能な社会のために私たちが貢献できることのひとつであり、『ケア』していることの表明でもあります」
自由に糸を渡すセリア式のダーニング
実際にセリアさんのダーニング作業を見せてもらいました。
「布などで補強することもありますが、ニットの場合はほぼ糸だけで行います。薄くなっているところは縦、横にチクチクと縫っていく感じです。穴の部分はまず縦糸を渡し、そこに横糸を織り込むように縦糸を一本ずつすくいながら渡して行きます。かなり適当でもいいんです。糸の太さや素材も自由に選んで大丈夫です」
ネイビーブルーのざっくりしたセーターに白い毛糸でちくちくとダーニングしていくセリアさん。使う毛糸も残糸などで、特別なものではありません。手先が器用な日本人なら、もっときっちり穴をかがってしまいそうですが、その自由な感じはさすがアーティスト。寄り道をしながらダーニングという方法に行き着いた、セリアさんの人生にも重なるものがあります。
「ウールに空いた穴は虫食いが多いのですが、虫に食べられるのは食べこぼしや汗が染み付いている部分。だから、前見頃や脇、袖口に穴が多く見られます」
そう言われてみると、白い毛糸でダーニングされた部分は食べこぼしの形のようにも見えます。このセーターを着た人が何を食べていたのか? など想像が膨らみます。気が向いた時にチクチクと少しずつ作業ができるのも、ダーニングの良いところでしょう。なんと6年前からダーニングしているものもあるそうです。
循環エコノミーの一環であるダーニング
これまでダーニングした服は500着ほどあるそうですが、セリアさんにとって、これらはあくまでアート作品。いわゆる「お直し屋」ではないと言います。
「もちろん、知り合いなどから頼まれるものはお直ししますが、一般の人からのお直しを有料で受け付けることはしていません。生計は作品を展覧会で展示したり、母校のロイヤル カレッジ オブ アートなどで教えることで立てている感じです。ギフト・エコノミーというか、私の活動が広がることで、どこからか報酬が生まれてくるという考え方です。ダーニングは循環エコノミーの一環だという思いはあります」
この春は、アメリカのノースカロライナにあるペンランド スクール オブ クラフトで2ヵ月間指導をしてきたそうです。ここで出会った、アメリカ在住の日本人木工作家、コバヤシユリさんから受け取ったという、使い込んでボロボロのエプロンを見せてくれました。
「エプロンにはジーンズのポケットが貼り付けてあったり、ミシンでダーニングした跡があったり、ユリさんが作業をしながら使い込み、また、お直ししながらケアしてきた形跡がいっぱいあります。あまりにボロボロで、作業をするのに危険を伴うということで、いただいてきました。これをどうやってダーニングするかは、まだ考え中ですが」
ダーニングはモノだけでなく、ヒトのケア
セリアさんによる初めての著作も最近出版されました。それはダーニングの手法を書いた教本ではなく、ローリー叔父さんのセーターをはじめ、エリザベス叔母さんのカーディガン、お母さんが子供の頃に着ていたシェトランドセーターなど、ダーニング作品を巡る10のストーリーが写真と共に綴られています。
上:出版になったばかりのセリアさんの著作『On Mending』。お母さんが子供の時に来ていたセーターが表紙に 下:ダーニングをするきっかけになったのはローリー叔父さんのセーター。それを編んだエリザベス叔母さんのカーディガンがこちら。時々箱から出して、スタジオに飾ることもある想い入れのある作品
家族や知り合いのストーリーだけではありません。映画『風と共に去りぬ』でスカーレット・オハラを演じた大女優、ヴィヴィアン・リーのドレスとジャケットもその中のひとつ。映画監督のジェームズ・アイボリーの屋根裏から見つかったもので、巡り巡ってセリアさんにダーニングの依頼が来たのだそうです。
「アイボリー監督は1965年『インドのシェークスピア』を撮影中、ムンバイでヴィヴィアンに出会います。彼女はイギリス人ですが、生まれ故郷のダージリンに向かう途中で、荷物が多すぎて困っていたそうです。そこで、暑くて着ることがなさそうなウールのドレスとジャケットのアンサンブルを監督のパートナーが預かったのです。その2年後にヴィヴィアンは亡くなってしまったので、そのアンサンブルは彼女に返されることなく、ニューヨーク州のアイボリー家の屋根裏に50年以上眠っていたのです。それは虫食いがひどくかなりボロボロで、監督の友人である私の父を通して、修理の依頼が来たのです」
服には「Women’s Home Industry 」というタグがついており、調べてみるとそれは女性が在宅でも編み物で収入が得られるように、1947年に設立されたレーベルだったそうです。
「ドレスは黒のウールとシルクの細い糸でかのこ状に編み上げられており、とても繊細で編み手の技術の高さに驚きました。ジャケットには、黒とライラック色のモヘアのトリミングが付いていました。まずは丁寧に洗い、日本製の白いカシミア糸でダーニングをしていきました」
大女優の服のダーニングはなかなかない貴重な体験ですが、セリアさんは、むしろ「普通の人の普段着」に惹かれると言います。
「最近は布やニットだけでなく、ショップの紙袋などにもダーニングしてみたりしてます。ストーリーがない方が気持ちが入りにくい一方、気が楽な面はありますね。ほら、ここの持ち手の部分は、ビリッときやすいんですよね。いつも穴や裂け目にばかり目がいってしまいます(笑)」
世界各地で気候変動がリアルに感じられるなか、サステナブルな社会のベースとなる「ゼロカーボン」実現のため、私たちが貢献できることは何でしょうか? 「ものを修理しながら長く使う」ことはそのなかのひとつです。セリアさんは作品を通して「ダーニングはモノだけでなく、ヒトのケアでもある」ことを伝えたいと言います。そして、その先には「地球のケア」があるのです。誰にでもできるセリア式のダーニング。ぜひ、トライしてみてほしいと思います。
アーティスト
セリア・ピム
1978年生まれ。イギリス人アーティスト。ハーバード大学で彫刻、ロイヤル カレッジ オブ アートでテキスタイルアートを学ぶ。ニットを題材にするなかでダーニングと出会い、モノとヒトのケアをテーマにロンドンをベースに作品を制作する。現在、ロイヤル カレッジ オブ アートで教鞭を取る。作品は世界各地の展覧会で発表するほか、ダーニングの普及のため、手芸店でのクラスも継続中。http://celiapym.com Instagram @celiapym