スリップウェアから巡る、美しさの真髄への旅路(前編)

十場天伸

Text: MIKI SUKA
Photo: MITSUYUKI NAKAJIMA

170年という歴史のなかで、変革と継承に向き合い続けてきた英国生まれのブランド、アクアスキュータム。自由な発想やルールにとらわれない革新的なアイデアで、洋服という伝統に潤いを与え続けてきました。作り上げることの心地良さを感じながら、自らに変化という試練を与えることで、生きた作品を残していく。陶芸作家、十場天伸さんもまた、器という芸術の世界に瑞々しい感動を与え続けてきたひとりです。

里山に佇む茅葺き屋根の家

無数の雨粒が、急勾配の茅葺き屋根をつたい軒先からハタハタと滴り落ち、艶めきを増した木々は、踊るように体を揺らします。田園風景を見下ろす高台の古民家、その屋根から突き出した薪ストーブの煙突からは、煙が静かに立ちのぼります。

 

賑やかな港町神戸・三宮から、車でわずか30分ほどの距離の淡河町。なだらかな丘陵に広がる美しい里山は、江戸時代、薩摩から有馬へと続く街道の宿場町として栄え、古き良き日本家屋が今もなお点在する場所です。

美しい自然物だけで作られた茅葺き屋根の住居。屋根裏には、ギャラリーのように静謐な空間が作られている

竹林や苔むした野山を駆け回った少年時代を、どこか懐かしい目で語るのは、陶芸家として活躍する十場天伸さん。丘の上の茅葺き屋根の家は、十場さんが幼少期を家族と過ごした場所で、現在は十場さん家族がリノベーションをして暮らしています。

 

「自分がまだ小さかった頃、農業がしたかったという両親に連れられて家族でこの場所に越してきました。家にはまだ自分たち5人兄弟の落書きも残っています。ススキと竹を縄だけで組んだ茅葺き屋根の家ですが地震も耐え抜いたし、冬場は室内も1、2度まで下がりますが、床暖房や薪ストーブに助けられて4人の子供たちとだいぶ賑やかに暮らしていますね」。

唯一無二の偶然を作り出す場所

十場さんは、同じく陶芸家として活動する妻、十場あすかさんと一緒に2007年にこの場所に「つくも窯」を開きました。自宅を取り囲むように、作業場、電気窯と倉庫、そして煉瓦造りの大きな窯が点在します。職人と一緒に作り上げた自作の窯は、現在ふたつ。両側の焚き口から薪を入れる倒炎式窯と、地中に横長の穴を掘った穴窯です。十場さんは今、野焼きを進化させたこの原始的な穴窯を好んで使っています。

 

「穴窯は、良くも悪くも窯から出してみないとわからない。予想しなかった良いものも出てくるし、焼きむらが多くて悪いと評価されるような出来でも、僕には断然面白いものなんです」。

十場さんの自宅に何気なく飾られていたのは、焼きの途中で割れてしまった壺。変形した姿が醸す佇まいもまた芸術品のよう

その予期せぬ変化こそ、陶芸の魅力だと十場さんは言います。直火の為割れてしまう作品でも、美しさが宿るようで捨てられず、工房にいくつも保管されています。十場さんの近年の作品は、そんな野生味あふれる炎の跡や、焼きむらといった不安定さが一点ものの魅力として表れています。どの窯で、どんな材料と一緒に焼くか、どの位置に器を置くか。その日の温度や湿度、すべてが偶然の掛け合わせです。決して同じものは生まれない、瞬間の儚さを閉じ込めたようなものなのです。

自宅の敷地内にある、倒炎式窯(左)と奥行きのある穴窯(右)

「僕の場合、窯焚きは2泊3日。朝から焚いて夕方までやって、夜は一度寝て次の日また焚くというサイクルでずっとやってきています。基本はひとりでやるスタイルなので、最後の大事な瞬間に自分が最高の状態でいたいんです。パフォーマンスを保っていられないと妥協してしまうので、ちゃんと寝るようにしていて。その為に、窯も結構分厚く作っているんですよ」。

運命を感じたスリップウェアとの出合い

本名である、十場天伸という名を有名にさせたのは、彼の作る個性的なスリップウェアでした。スリップウェアとは、18世紀から19世紀にイギリスで盛んに作られた化粧土(スリップ)で描かれた装飾が施された器のこと。母国イギリスでは途絶えていたこの技術を、大正時代の民藝運動の創始者たちが日本で発展させたと言われています。柳 宗悦や濱田庄司らとともに民藝運動を牽引していたイギリスの陶芸家、バーナード・リーチの手によって、民藝品として今まで日本に残されています。

 

十場さんが初めてスリップウェアを知ったのは、彼が高校生の時。中学時代から漠然と、将来は陶芸をやりたいと思っていた十場さんは、陶芸サークルのある島根県の高校で寮生活を送りました。島根には、江戸時代から続く歴史ある窯元や、民藝運動の影響を受けた窯元も多く残っていました。

「高校時代、島根で初めてスリップウェアを見た時、『うん、これを仕事にしよう』と思ったんです。もうそこから、僕の将来は陶芸で、しかもスリップをやるって自分のなかで決まっていました。陶芸家としてどのような道を歩んでいったら面白いかなと考え、まずは陶芸じゃないことをやろうと思い立って海外に行きました。アメリカでファインアートを学んだり、フランスでミュージシャンの従兄弟に連れ添って、彼の子供のベビーシッターとして一緒にツアーを回ったり。さらに、そこでもらったお金でイタリアにも行ったりしました。高校卒業後は、とにかく色々な経験を積もうと動き回っていましたね」。

櫛目や格子など、規則的な模様が一般的とされるスリップウェアだが、十場作品の魅力はなんと言っても、自由な発想で描かれる伸びやかなライン

海外で自分磨きの旅路を突き進む若き十場さんの心を留めたのは、またしてもスリップウェアでした。アメリカ東海岸、フィラデルフィア。地元の美術館に行っても、郊外の博物館に行っても、目に留まった白い化粧土のなだらかな模様。イギリス移民の多かった街で発展したスリップウェアは、島根で見たものとはやや風合いが異なり、赤みを帯びた器が印象的だったそう。

「まさかアメリカに来てまで見ることになるとは、と驚きました。でも、その出合いに、やはり運命を感じたんです。ヨーロッパからの移民が多い地区だったから、スリップウェア工房の隣に、ドイツ移民がソルトグレーズ(塩窯)の陶器を作っているような、面白い場所でした」。

 

 

後編につづく

陶芸家

十場天伸

じゅうば・てんしん 1981年生まれ。兵庫県神戸市出身。学生時代に島根県でスリップウェアと出合い、陶芸家を志す。沖縄でガラス工芸に従事し、アメリカ・ペンシルベニア州への留学を経て京都伝統工芸専門学校に入学。卒業後は弟子入りせず、2007年につくも窯を築窯。国内、海外のギャラリーで展示会を開催し人気を集める。茅葺きの自宅や自作の茶室など、生活スタイルにも注目が集まる。http://www.tsukumogama.com/ Instagram @tenshinjuba

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