世界という舞台で、建築と街を繋ぐ(後編)

PAN-PROJECTS

Text: MIKI SUKA
Photo: JAMES HARRIS

ロンドンで創業し、170年という歴史のなかで変わらない美しさと、変わっていくしなやかさを描き続けてきたアクアスキュータム。「良いもの」を作り続けるという職人魂は、「心地良さ」という目に見えないものを私たちに与え続けてくれます。世代を超えて名品が受け継がれていくように、その精神やもの作りへの熱量も受け継がれていくのです。同じロンドンで、若くして深い情熱を携え、自らのアイデンティティを模索しながら、常に世界と繋がり続ける若手建築家デュオに出会いました。軽やかに国境を超えていくミレニアル世代の彼らが見つめる、建築の未来を探ります(前編はこちらから)。

『The Matter of Facts』2021 Photo: PAN- PROJECTS

パビリオンに込めた真のサスティナブル

環境先進国デンマークで発表した『Paper Pavilion』によって、サスティナビリティの真義を探ったPAN-PROJECTS(パン・プロジェクツ)。当時話題にもなっていたアップサイクルにも着目しながら、サスティナビリティとは何なのか、心地良い循環を生み出す為にはどうしたら良いかなど、高田さんと八木さんは丁寧にそしてロジックに紐解くことで、その後の活動の大きなステップを手に入れました。

 

「『建築は住む為の機械である』と言ったコルビジェの時代こそ、モダニズムの象徴です。建物のなかにエアコン、水道、家電などの機械が入ってきて、室内が充実していく。でもそれにつれ、内部のゴミはどんどん外に出されていくんです。エアコンの室外機しかり、内部空間を快適にするがあまり外の環境が悪くなっていくというのがモダニズムですから。だから、アンチモダニズムの流れのひとつのなかにあるのが、サスティナビリティなのではないかとディスカッションしていきました。それこそリアルな事実であり、今僕ら若手が解決しなくてはならない問題だと痛感したんです」

『The Matter of Facts』2021 Photo: PAN- PROJECTS

現状を批判せず、前を向くこと

納得できない限りは、新しい作品は生まれないと話すふたり。繰り返されているアンチの歴史を、身をもって知った先に見いだした答えは、「絶対に批判をしないサスティナブルなあり方」だったと、高田さんは続けます。

「コンクリートを使うな、エアコンを使うな、節約、節電……。サスティナブルを考えると、必然的に“NO、NO、NO、Don’t DO”が並んでいくんです。デンマークの大学の卒業制作では、SDGsの17ゴールにハマっていないと絶対に世の中には出せないと言われてきたように、サスティナブルであることは当たり前のこと。だから、僕らデザイナーにできるサスティナビリティは何かと考えた時、すべてにポジティブでありたいんです」

 

この時ふたりで出した答えが、その後の活動の基軸にもなったと八木さんも言います。

「ポジティブな方法でないと、人は動かせないと強く思いました。人を魅了した力で社会を動かしていかないと、サスティナビリティ自体がムーブメントにならないとわかったんです。法律で縛るのではなく、魅了することで私たちは人を動かしたいと考えています」

2021年のコロナ禍で展示された、国立新美術館のインフォメーションカウンターと一体化した大型インスタレーション。東京都内の公共機関や商業施設で発行された広報物、とりわけコロナ禍で中止・延期となったイベントなどの印刷物を素材として使い、「都市の記憶」として再提示しました。『The Matter of Facts』2021 Photo: PAN- PROJECTS

世界に門をひらく大国、イギリスへ

世界がコロナにさしかかる直前、PAN-PROJECTSはイギリス、ロンドンへと拠点を移しました。コロナ禍、そしてイギリスのEU離脱など、激動のタイミングでの移住だったと言います。

「どこか村みたいな感覚のコペンハーゲンに比べて、イギリスは大国でありロンドンは人種の多さも含め多様性の街。自分が自分であることを主張しても浮かないし、そうすること自体が、ロンドンで生きる心地良さなのだと実感しています」と、八木さんは言います。

ランチタイムやコーヒータイムを大事にするというPAN-PTOJECTS。ランチはスタジオのキッチンで、みんなで作るとか。デンマーク時代の“ヒュッゲ”な時間をロンドンでも楽しんでいます

「あるデザイナーに『ロンドンに事務所を持つということは、イギリスと仕事をするということじゃない、世界だ』と言われたんです。僕たちは、この街で何かやってやるぞ! と思ってロンドンに来ていたから、その言葉は目からウロコでした。実際に、アゼルバイジャン、サウジアラビア、アメリカ、日本など、活動の幅がすごく広がっています。同じタイミングで起きた、イギリスの欧州連合離脱(ブレグジット)によって、僕たちEU外市民にとっては世界がフラットになった感覚もあり、建築の資格の互換性なども含め後押しになっています。去年は、ヴェネチア・ビエンナーレに参加しましたが、ヤング・ヨーロピアン・アーキテクツの展示者に選ばれ奨励賞を受賞し、初めて自分たちがヨーロピアンとして認められたことには感無量でした」と、高田さんも希望に満ちています。

現在取り組んでいる、オーシャンプラスチックのプロジェクト。黒が持つ美しさと、樹脂の独特の反射を活かした作品を試作中

ゴミに隠された物語の先に

青山の店舗設計や、国立新美術館のインスタレーションも話題を呼ぶなど、日本の仕事も徐々に増えています。最近は、大自然のなかに建つ個人邸のプロジェクトにも関わったり、兼ねてから興味を持っていたというゴミの再生プロジェクトも進行中だと言います。

「今、日本の企業と一緒に、オーシャンプラスチックで新しいプロジェクトができないかと動き出したところなんです。プロダクトデザインでありながら、アートピースにも近いようなメッセージ性を込めたものを作りたいと思っているんです」

 

「最初の『Paper Pavilion』の時から、ゴミに着目し続けています。活動当初からゴミにはすごく興味があり、プロダクトと常に一緒に生み出される“バイプロダクト”と僕らは呼んでいます。コペンハーゲンでは、紙から都市を考えましたが、今は漁具などのプラスチックと漁師のコミュニティなどについて考えを巡らせています。一度何かの過程を経たものって、それだけでストーリーがある。単なる布ではなく、誰かが使っていた服みたいに。そこからアイデアを汲み取って、また新しいものを作っていくことが、バイプロダクトの面白いところです。既存のものの見方を、ちょっと変えることこそ、これから重要になっていく気がしています」

 

そんな彼らのアトリエには、1着のアクアスキュータムのトレンチコートがかかっています。人の手を渡ってきたコートにも、ものが持つストーリーを大切にする彼らの姿勢が表れているようです。

「知り合いからセカンドハンドで譲ってもらったトレンチコートは、お直しされて、まだまだ着られるもの。メンズのジャストサイズだから、これはどちらが着ても良いということになっていて、1着をずっと大事にしているんです」

スタッフのなかには、トルコ人のインターンも。ロンドンの改修プロジェクトでは、地下にサウナ(ハマム)を作るなどの面白いアイデアが飛び出るなど、国境を越えたコラボレーションを楽しんでいるとか

ピュアであり続けること

つい最近、ドバイ万博で目にしたというカーボンファイバーで編まれた巨大な門扉のすごさを、興奮気味に語る高田さん。ロンドンを拠点に、長期的な建築物や複雑化したことにも挑戦したいと次なるステージを目指すなかでも、アート性の高いパビリオン制作は、建築物にピュアな気持ちで向き合える自分たちのベースだとふたりは口を揃えます。

「ピュアでいられることがすごく大事だと思うんです。建築やデザインを作るということは、メッセージを作ること。ストーリーを生み出すことだと思っています。その上で私たちは、建築家で生きていくと決めたから。そのメッセージがどれだけピュアであり続けられるかを、すごく大事にしたいんです」

元繊維工場を改修して作られた大きなスタジオは、ビデオグラファーやカメラマン、パフォーマー、スカルプターに俳優やDJなど、様々なアーティストが利用しています。イギリス人以外のクリエイターも多く、自国での仕事の際には飼い猫を預かったりもするのだそう

「ロンドンでの基盤ができたら、次は香港に行こうと考えているんです。根無し草みたいな人生ですが、うまくいったらすごく面白い。自分たちの作るものが世界にとって、人類にとってどうかということにいつも目を向けたいから、僕ら自身が多様性を持たなきゃと思います。場所を移るたびに、自分たちが更新されていくような感覚でいられたら素晴らしいですよね」

ふたりとも30歳代に入ったというPAN-PROJECTSは、常に一歩先の未来を見つめています。初心と変わらないピュアな心を携えて、世界というキャンバスに軽やかで鮮烈な色を落とし続けていくに違いありません。

デザインスタジオ

パン・プロジェクツ

ロンドンを拠点に活動するデザインスタジオ。2017年に八木祐理子、高田一正によりコペンハーゲンに設立され、2019年にロンドンに活動拠点を移す。代表作にコペンハーゲン『Paper Pavilion』2017、コペンハーゲン『Floating Pavilion 0』2019、東京・国立新美術館『The Matter of Facts』2021、東京『The Playhouse』 2020などがある。建築やアートの分野で、世界的に活動を展開する。多様な社会を祝福する建築のあり方を目指し、コラボレーションを通じてプロジェクトに携わる。Instagram @pan_projects

CIRCLE