世界という舞台で、建築と街を繋ぐ(前編)

PAN-PROJECTS

Text: MIKI SUKA
Photo: JAMES HARRIS

ロンドンで創業し、170年という歴史のなかで変わらない美しさと、変わっていくしなやかさを描き続けてきたアクアスキュータム。「良いもの」を作り続けるという職人魂は、「心地良さ」という目に見えないものを私たちに与え続けてくれます。世代を超えて名品が受け継がれていくように、その精神やもの作りへの熱量も受け継がれていくのです。同じロンドンで、若くして深い情熱を携え、自らのアイデンティティを模索しながら、常に世界と繋がり続ける若手建築家デュオに出会いました。軽やかに国境を超えていくミレニアル世代の彼らが見つめる、建築の未来を探ります。

海外でスタートさせたデザインスタジオ

築100年をゆうに超える古いレンガ作りのファサードの隣には、超近代的なビルが建ち、その向こうに緑の公園が広がっています。古さと新しさが見事に共存する街ロンドン。産業革命の遺産とも呼べるかつての工場地帯は、取り壊されることなくアーティストや若手クリエイターたちの拠点となっています。空に抜けるような高い天井と、長い作業机。大きな窓からたっぷりと日が差し込むかつての繊維工場が、高田一正さんと八木祐理子さんのアトリエです。

 

コペンハーゲンでデザインスタジオをスタートさせたふたりは、ともに1991年生まれ。建築、インテリア、インスタレーション、プロダクト、グラフィックなどを制作し情熱のすべてを注ぎ込むようなクリエイティブな活動に注目が集まる、若手建築家です。「PAN=包括的な、すべての」と思いを込めて名付けた、PAN-PROJECTS(パン・プロジェクツ)は、建築の面白さに魅了されながら、より自由に自分たちらしさを描いていくことを目指しました。

アトリエに飾られた美しい自然物。プロジェクトで訪れた北海道の弟子屈で拾ったという蝦夷鹿の角と、イギリス南西の海岸で採集したというアンモナイトの化石。独特で優美な形が、PAN-PROJECTSのデザインソースになることも

原体験が導いた異国の都市

「外国人である僕らが、徐々に異国の社会に入っていくことこそ、一番の課題だったように思います」と、高田さんは事務所の立ち上げ当時を振り返ります。幼少期を中国やタイなどで過ごすことで養った高田さんのインターナショナル性は、フランク・ロイド・ライトの写真集に魅了されて入学したという建築学科在学中にも発揮され、その後の進学先にも異国の地を選ばせたのかもしれません。

 

「大学のある授業で、ローマのパンテオンの光についての講義がありました。授業を聞いているほとんどの学生がそうだったように、僕自身も『何言ってんだろ……』という思いで聞き流していたんです。でもある時その状況が、ヤバいって気が付いて。世界の建築をちゃんと自分の目で見ようと、思い切って休学しました。アジア、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカ、11ヵ月かけて44ヵ国をバックパックで回ったんです。ずっと興味のあった国境や宗教、文化の伝搬についても身をもって触れることができました」

その時スリランカで見たジェフリー・バワの建築に心掴まれたと言う高田さん。彼のことを研究するなかで知ったのが、バワの初期時代、ともに活動していたという、ウルリック・プレスナーというデンマーク人でした。

「当時は珍しがられたのですが、卒業論文をジェフリー・バワについて書きました。モダニストだったバワが、プレスナーと仕事をすることで徐々にスタイルを変え新しい建築が生まれていく。デンマークという国を進学先に意識したのも、そんな彼らの建築の発展のさせ方が面白いと感じたからなんです」

 

一方、両親が建築の仕事についていたという八木さんは、7歳の時、両親に付き添って2ヵ月間をコペンハーゲンで過ごしたと言います。

「私は幼少期から両親の興味があるところに連れて行かれていたんです。ある時、母が関わった子供の図書館を目にした時、建築って物体だけじゃない、人が集う場所や空間そのものを作っているということに気が付いて、それってすごい! と思ったんですね。そこから、私も建築の世界を目指してみようと思いました。大学時代、インターンシップ先にコペンハーゲンを選んだのは、7歳の時に感じた“心地良さの理由”を探したかったからでもあります」

デンマークの骨董市で見つけた木工品、大切な友人からの贈り物や絵画、学生時代の小さな模型や、モロッコやヴェネチア、ドバイで手にした思い出のもの。アトリエには、世界中で見つけた宝物や思い出、アイデアソースが飾り棚に収められています。下段には、オランダで再現されている焼杉のサンプルが

アイデンティティとどう向き合うか

大学を卒業したばかりのふたりが、デンマークという異国の地でデザインスタジオを立ち上げて事業をスタートさせることは、人一倍の覚悟が必要だったに違いありません。活動当初から、自分たちのアイデンティティを表現していくことこそ、PAN-PROJECTSの大きな課題だったと高田さんは言います。

「仕事として最初に手がけたのが、コペンハーゲンの寿司店の内装でした。そのプロジェクトは、日本とデンマークをどう混ぜていくかということですごく良い経験になりましたが、同時に日本人アドバンテージで仕事をまわしていくのは、すごく危ないやり方だとも感じていました。自分自身である前にナショナリティを前に出すのは、すごく嫌だったんです」

コンペに勝ち抜き、コペンハーゲンの「CHART ART FAIR」で制作されたPAN-PROJECTSの『Paper Pavilion』。サスティナブルな素材を使いながら、見事に街と溶け込むパビリオンが実現。『Paper Pavilion』2017 Photo: DAVID HUGO CABO

高田さんと八木さんは、自分たちらしさを全面に出しながらも、街との距離を縮め、疎外感を感じることなく異国のコミュニティに入っていく方法を模索していきます。

「建築学科を卒業したばかりの若手が参加できる、デンマークの建築家の登竜門的なコンペに参加しました。当時は、街にアイデアの爆弾を落とす! という意気込みだったんです」と言う八木さんの言葉通り、期間限定の仮設の建築物“パビリオン”に、PAN-PROJECTSならではの発想とアイデアが投影されていきました。

 

「10平米以下のパビリオンだったら、アート作品くらいの値段感覚でアイデアをすぐに実現し、強いメッセージを込めることができると考えました。採用されればすぐに街に出現し、誰もが目にすることのできるものになります。『何だろう』というやりとりが生まれて、ディスカッションが派生して、僕ら自身が異国の社会に入っていくことができると考えたんです」と高田さんは言います。

『Paper Pavilion』2017 Photo: DAVID HUGO CABO

楽しさと環境への配慮、着目した素材は「紙」

パビリオン制作にあたり、ふたりはコペンハーゲンで印刷され街にあふれていた無数の紙に着目しました。雑誌や新聞、チラシやポスター……それらをカーテンのように立体的に並べて外壁を作り上げたパビリオン『Paper Pavilion』が、2017年のスカンジナビア最大の芸術祭「CHART ART FAIR」で最優秀パビリオンに選出されたのです。風にゆれる美しい壁面は、多くの人々の目を楽しませ、一躍話題を呼びました。

『Paper Pavilion』2017 Photo: DAVID HUGO CABO

「コンペのテーマは、『サスティナブルであり続けながら、活発な都市活動を祝福せよ』というものでした。そこで私たちは、ミノムシを発想したんです。虫が落ち葉や小枝で蓑を作るように、周囲にあるものを身に纏っておうちを作る。すごくフラジャイルなものだけれど、そのあり方はすごくきれい。さらに、街にあふれていた紙を集めたらコペンハーゲンがショーケース化できるとも思いました。紙の集合体を手で触ると、ページをめくるように今のコペンハーゲンに触れることもできる。よりインタラクティブで楽しいものになると思ったんです」と、八木さん。新しいサスティナブルのあり方についても高田さんはこう語ります。

「建築は、永続性というものが根底のひとつにあるので、パビリオンも構造体から作ると20年は持ちます。でもそれを、3日間だけ持てば良いという発想に切り替えました。だから同時に「Appropriate Durability=適切な耐久性」を掲げて、時間に対する適切な考え方こそ、新しいサスティナブルの考え方として、ありなんじゃないかという提案もしたんです」

芸術祭で使用された『Paper Pavilion』は、現在はKunsthal Charlotten-borg Museumに移設。ミュージアムのレセプションとして使用されています。Photo: YUTA SAWAMURA

デザインスタジオ

パン・プロジェクツ

ロンドンを拠点に活動するデザインスタジオ。2017年に八木祐理子、高田一正によりコペンハーゲンに設立され、2019年にロンドンに活動拠点を移す。代表作にコペンハーゲン『Paper Pavilion』2017、コペンハーゲン『Floating Pavilion 0』2019、東京・国立新美術館『The Matter of Facts』2021、東京『The Playhouse』 2020などがある。建築やアートの分野で、世界的に活動を展開する。多様な社会を祝福する建築のあり方を目指し、コラボレーションを通じてプロジェクトに携わる。Instagram @pan_projects

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