命を紡ぎ今を切り取り、花咲く未来を描く(後編)

上野雄次

Text: MIKI SUKA
Photo: KAZUMASA HARADA

170年前にロンドンで誕生したアクアスキュータムは、その優れた機能性とシンプルで普遍的な佇まいから、世代を超えて多くの人に愛されてきました。服に宿る美しさの真髄は、着る人だけでなく見る人の心地良さをも誘います。細やかな指先と鋭い眼光を持ち、全身全霊で花と向き合い、花が創り出す心地良い美を追求する人がいます。華道家でありながら、花と対峙するアートパフォーマンスを続けている上野雄次さん。時代の変遷を受け止めて、彼が表現する“今”という時。果てしない時間軸のなかに見出した、美を語ります(前編はこちらから)。

人が気が付かないことに目を向ける

擬人化された植物たちの姿をより美しく見せる為に、上野さんは多くの人が気付かない物事に目を向け再構成していくことが重要だと、説きます。それは美しさの本質に繋がる、重要な要素でもあるのです。

「例えば、光。普通にあるものだと思っているけれど、僕らは光によっていろんな感受性を動かされている。未来は明るい方が良いし、明るい方を未来だと勝手に考える訳です。そうすると空間のなかに光という未来、そして時間軸が生まれていくんです。もともと、植物は光を求めて生きているわけですから、自然光が入る空間では光に従うことが求められます。光の方に伸びて行くようにいけるとポジティブな印象に見えるし、影の方に向かっていれば少し内向するようなイメージになります。植物は元来、光に素直に振る舞って、重量に対して鮮やかにあらがっているんです」

「それは、多くの人が気付いていないことを再構成する作業でもあります。あたかもそんなことを意識していないかのように振る舞い、自然に育まれた感受性にどんと宛てがっていく作業です。人がやれることなんて限られているから、人がやれていない情報をどれだけ集約することができるか。それが、いけ花が持っている、すごく重要な根っ子の要素なんです」

まるで可憐な花を摘むように、丁寧に言葉を紡ぎ出す上野さん。衣服も靴もメガネも、花いけの道具と同じく、長く使い込まれたものばかり。所有するものすべてに上野さんの愛情が伺えます

本質的なものを守る為に、変わり続ける

彼の代名詞とも呼べるスタイリッシュな黒染めの衣装は、仕事先の中国でサポートを受けた人から譲り受けたものを、何年も大切に着ている。25年履き続けた靴は、何度も修理に出しては蘇らせた。ほかの人の手に渡って欲しくないと思える器以外は、あまりものを買わないという上野さん。衣服だけでなく、風呂敷も鋏も。持ちもののすべてが彼らしいのは、ものに魂が宿るほど、長く大切に身に付けてきた証しです。

「経済が優先してものやお金が肥大していった結果、消費社会という現状にたどり着いたんですね。でも世の中はもともとこんな景色ではなかったぞ、いろいろと調整していこうと、ようやく我々も気が付いたんです。良いものは当然、何がおきても未来に残っていく。その為には、“今”というものをリアリティをもって投影するものでなければ、人の心にずっとくさびを打ち続けることはできないはずなんです」

床の間に花をいけてくださった上野さん。最後は、客観的な立場になって様々な角度から作品を何度も何度も見て調整

過去と現在を繋ぎ、未来をつくること

「自分の根底にあったのはたぶん、真実に向かいたいというエネルギー。でも、“花いけ”という、こんなに効率の良いメディアに出合っていなかったら、周りにすごい迷惑をかけていたかもしれませんね。社会に対するフラストレーションばかりで、現実は歪んで淀んでいたわけですけれど、僕は常に理想の世界で美しいものを持っていられたから」

800年もの歴史ある器から、花芽を膨らませた木蓮が枝を伸ばし生き生きと光を求める。過去と現在が混じり合うその姿と対話をするように、上野さんは何度も何度も手を添える。真実の美しさを見つける為に数々の判断をしていくこと、考えることの大切さを知ること。そうして生まれた花の姿は、光輝く未来を映し出しているのです。

床の間を飾った、ドラマチックな作品。鎌倉時代、常滑の窯元で偶然生まれた歪んだ壷に、木蓮の蕾とたったひとつだけの花、椿が厳かな春の訪れを知らせます。床の間という限られた空間のなかで、光の情景を見事に取り入れた作品

華道家・アーティスト

上野雄次

うえの・ゆうじ 京都府生まれ、鹿児島出身。華道家・勅使河原宏の前衛的ないけ花の作品に出合い華道を学び始める。花をいけるという行為を「花いけ」と呼び、流派にとらわれないインディヴィジュアルな立場で、活動を続ける気鋭の華道家。日本に留まらず、中国、韓国、バリ島、ロンドン、ドイツなどなどからのオファーも多く、国内外で展覧会や作品発表、イベントの美術なども手がけている。「花いけ」のライブパフォーマンスにも力を入れており、想像と破壊を繰り返しながら生まれるその美は、各分野から支持を得ている。詩人やミュージシャン、ファッションデザイナー、写真家などとのコラボレーションも行う。著書に『花いけの勘どころ』(誠文堂進光社刊)がある。Instagram @ug_ueno

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